『大江健三郎が死んだことを教えてくれた友達に向けて書いた手紙』
教えてくれてありがとう
知らせを受け取ったのが17時頃
今でもまだぼんやりしてます
大阪に住んでいる時
確か長野県だったと思うんですけど
場所は忘れてしまったが
正岡子規の関係だったかな
長野まで講演を聞きに行きました
本物の大江健三郎が遠くに
壇上で喋っていた
現存する本物の大江健三郎だと思って
電車の時間がなくて講演を聞き終わったらすぐ帰ったけど
あの時実物をちゃんと見といて良かったと思っています
東京に引っ越した時
大江健三郎の自宅を訪ねた
もちろんインターホンは押せないです
ミーハーだったからね
遠巻きに大江健三郎の家を見ていた
文学の視点も指標も影響を受けた
特に9条を守るという平和理念があり
文学とは人を励ますことである
ということを
大江健三郎は中期から言い始めた
私はその考え方に強く同感した
一時期はアパートの部屋に大江健三郎のポスターを貼っていた
ノーベル賞を取った時も当たり前だと思った
信仰を持たない者の祈りという言葉はとても素晴らしくて
ウィリアムブレイクからダンテの神曲フラナリーオコナーといったキリスト教系の文学や芸術を作品の中で紹介していてそれが斬新なやり方であり素晴らしかった
やっとこんなふうに今書けます少し整理がついてきたかな
書くと楽になる
ここまで読んでくれてありがとう
😐大江健三郎は言った
🌸難解な本でも少しずつでもいいから最後まで読むことが大事です
🌸一人の作家を集中的に読むこと小説からエッセーから評論から対談からどんなものからでもいいからとにかく一人の作家を徹底的に読むこと
こういう実践的なことを学んだ
そうすることによって一つの事物に深く理解する癖がつくし
難しい本でも最後まで読めばひとつかふたつぐらいは頭の中にどっか残っている
大江健三郎の中期からの本はとても難しかったけどやっぱり全部読んだそして残っているものがある確かにそれがある
🌸詩が言葉の芸術として最高のものです(詩を内包する小説)
🌸顕現という言葉も初めて知った
あれはどの作品だったかな
障害を持った息子を肩車して
朝の散歩をしている時
言葉を発することがなかった息子が
鳥の名前を次々と言う
森の中から聞こえてくる鳥の鳴き声を
テープで知っていたのか息子が
大江健三郎の肩の上で
鳥の名前を言っていく
言葉を発することがなかった息子が言葉を発した
大江健三郎は驚いた
そしてその時のことを
その瞬間のことを
顕現と言ったのだ
美しい情景描写でした
それから顕現というものを意識し始めた
宗教的にも大きな影響を受けた
私は神道だけれども
大江健三郎からは言葉と思想と宗教を学んだ
🌸大江健三郎は松山の教会の神父さんから
こう言われた
「あなたはあそこまで小説で書いているのだから信仰を持っていると言ってもいいです」
その言葉を聞いて
大江健三郎は
一目散に逃げた
なぜか
本人は記述していませんけど
信仰を持つということによって
考えるということ
疑うということを
放棄してしまう可能性がある
それは知への探求の放棄でもある
私はそう思った
だからその後に大江健三郎はエッセイを書いた
神父さんへの返信として
『信仰を持たない者の祈り』
です
🌸大江健三郎はイラク戦争の時に怖くてずっと家でダンテの『神曲』を読んでいたそうです
昨年の2022年2月24日ウクライナ侵攻が始まり
ウクライナ戦争になった
大江健三郎は
ウクライナ戦争が大江健三郎を衰弱させた一つの要因かもしれない
文学を返せ😐