栗野的視点(Kurino's viewpoint)

中小企業の活性化をテーマに講演・取材・執筆を続けている栗野 良の経営・流通・社会・ベンチャー評論。

喫茶一筋65年でビルを建てる

2012-01-06 18:55:42 | 視点
 某都市の駅前に「さくら」という喫茶店がある。
昔よく見かけた喫茶店といえば聞こえがいいが、早い話が一昔前の喫茶店で若い人(でなくても)が好んで入るコーヒーショップではない。
駅のすぐ前という立地が好立地だったのは昔で、いま地方の駅前は皆軒並み寂れており、ここも例外ではない。
つまり昔は好立地だったが、いまは逆に不利な立地になっている。

 列車の待ち時間が20数分あったため、どこで時間を潰すか、駅の待合室で待つという手もあったが、生憎暖房が効いている待合室内の椅子は全て埋まっていたので、暖を取ることも考え駅前の喫茶店で短い時間を潰すことにした。
 外から見る限り、客を歓迎している風にはとても思えないその喫茶店は冷暖房効果を考えてのことだろう、2重扉になっていたが、最初の扉を押すか押さない内に「いらっしゃいませ」という男の声が店の中から聞こえた。
客の姿も見えない内から声を掛けられるのは、客の方としても感じがいいものだ。

 カウンターの中にはマスターが一人。
その前にはサイフォンがいくつか並んでいる。
最近はドリップ式が主流であり、サイフォンを見るだけで、この店がいかに古臭い(いや、古くからやっている)かが分かるというものだ。
 取り敢えずテーブル席の方に行き、コートを脱ぎながら「コーヒー」と注文する。
「ブレンドですね。苦味がある方がいいですか、まろやかな方がいいですか」
ん、注文の受け方がちょっといいね、と感心する。
「まろやかな方を」と返事をしながら、「カウンターの方に座りますわ」とテーブル席から荷物を移す。
コーヒーを飲みながら本を読むつもりで、キャリーバッグから本を取り出しながら、店内を見回してみた。
「創業1946年 馥郁の香りを出し続ける」
カウンター横の額に入った文字が目に止まる。
創業1946年、ということは65年? この店、65年も続いているのか・・。
本を開くのをやめ、マスターに声を掛ける。
「65年ですか? ということは2代目ですね」
「はい先代が始め、私になってちょうど40年です」
「スゴイね~。失礼だけど昔と違って、いま喫茶店をやるっていうのは大変でしょう」
「はい、大変です」

 息子は横浜で有名フランス料理の店にいるらしい。喫茶店を継ぐつもりはないと言っているらしいが、もしかして帰ってくればフランス料理店を出すかも分からない、と言う。
それは帰ってこないでしょう、と私。
孫がパティシエになるというので3代目は孫に期待しているんですよ。

 そんな会話をマスターと交わしながら、出てきたコーヒーを飲む。
なるほど、言うだけのことはある。まろやかでおいしい。

 驚いたのはコーヒー一筋にやって来て、ビルを建てたことだ。
自社ビルで2階にテナントが入っていたというから、テナント収入があるからなんとかやっていけてるのだろうと思っていたが、そのテナントは不況の煽りで1年前に撤退し、今は空き室になっているようだ。
テナント収入があったからやってこれたのだろうと、私が尋ねると、「コーヒーだけで今でもやっていけているんです」と言う。

 さらに驚いたのは、先代は手を広げすぎて倒産し、その借金3000万円を喫茶の収入だけで返済したばかりか、自社ビルを建設(5000万円)し、自宅の建設費3000万円もコーヒー収入だけで賄ったと聞いたことだ。
合計1億1000万円をコーヒー一筋で稼いだのだ。
喫茶店の収容人数は25人程度。目一杯詰めても30人は入らないと思う。
それだけのスペースでこの金額を40年間で稼いだのだから、話を聞きながらビックリした。
「いやー、それは大変でしたよ。自分でもよくやったと思います」
それはそうだと思う。父の借金を背負いながら店を継ぎ、わき目も振らずコーヒーだけを出し続けてきたのだから。
コーヒー1杯の値段は450円。
朝はモーニングセットがあるが、そのほかはせいぜいケーキぐらいで、軽食で稼ぐというスタイルではない。
秘訣を聞きたかったが列車の時間が来たので「今度来た時に又色々お聞きしたい」と言い残して店を出たが、成功の秘訣は恐らく「一筋」にあるのではないかと思った。

 実際、父である先代は目先が聞き、それまで散髪屋をしていたのをコーヒーに目を付けて喫茶店を開業。
豆も神戸まで行かなければ手に入らなかった時代である。
「親父はハイカラでしたね」とマスターが言うように、先代は目先が効いたようだ。
あちこちに手を出し(いまで言えば多角化し過ぎ)、一時は羽振りも良かったが、結果的には時代に奔流され、最後は倒産してしまった。
2代目は3000万円の負債を背負ってマイナスからのスタートである。
それでもコーヒー一筋に脇目も振らず頑張ってきたから、自社ビルも自宅も建設できたに違いない。

 地方都市の駅前の小さな喫茶店でもそれが可能なのだ。
ビジネスはビッグにすることがいいことではない。
スモールだからこそ生き残っていけるという見本ではないだろうか。