声の仕事とスローライフ

ただ今、仕事と趣味との半スローライフ実践中。遠方の知人友人への近況報告と、忘れっぽい自分のためのWeb忘備録です。

真田の郷

2016-06-20 18:57:25 | まちづくり
昨日の大河ドラマに影響を受け

名胡桃城〜沼田城周辺を散策して参りました。




「名胡桃城跡」といったのに

スマホのSiriは相変わらずトボけています。



グーグルMAPで文字入力すると迷わず着けます。


なるほど、真田昌幸が「先祖の墓がある」と嘘をついてまで、

この城に拘った理由に納得…

見晴らしの良い山城だったようです。




もちろん、今は何もありません…

が、
ただいま真田丸展開催中。(^^;;



自販機には小松姫



陣羽織を着て記念写真も撮れます。



最近はクマが出没するらしく

東屋にはクマよけの鐘も…



いや、絶景かな!






ところ変わって、

こちらは沼田城跡。




もしや、この辺りから見えるのが名胡桃城のある山でしょうか?




沼田城近くの小学校の門のデザインは

「おうま」の譜面。



作詞は沼田出身の林柳波です。


どこへ行っても六文銭の幟旗ばかり。

どうか、ブームが長く続きますように…。(^^;;


清水由美


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中之条ビエンナーレ

2015-09-23 17:05:24 | まちづくり
アタマがガチガチに凝り固まっているオトナ向けのイベントです。



とても1日では廻りきれませんが、
メイン会場の中之条町中心部、
旧中之条小学校と伊参スタジオの作品群を鑑賞するだけで

柔軟なアート脳が出来上がります。(*^^*)



名物の長英蕎麦を食べに寄った道の駅の

上空にも…




中之条小学校旧校舎の教室にも…









階段下にも…



伊参スタジオとして知られている
旧木造校舎の教室にも…



体育館にも…



校庭にも…





あっ、これはタダの物置き場??



コレもタダの雑草だ!



何もかもが、アートに見えてきます。



町の酒蔵にも…



ナニこれ⁈

なんて、いちいち意味を考えるのではなく、

感性で楽しみましょう。





年のせいで鈍くなりつつある感性が刺激を受け

( 私も何か創りたい‼︎ )

という気になってきます。


素晴らしい中之条ビエンナーレ‼︎


町をあげての取り組みが伝わってきます。

こちらオマケ…

寿司ネタになった気分を味わえる
お寿司屋さん2Fの

体験アート… (^^;;




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かみつけの里

2015-08-01 06:58:36 | まちづくり


高崎市にある古墳群です。

夫がどうしても登ってみたいと言うので

広大な敷地を炎天下の今日、汗をかきながら行ってみました。

レプリカだけど、デザインがステキ!




古墳の中には、石棺も…。
誰が埋葬されていたのかな??



関連資料が展示されている「かみつけの里博物館」には、
榛名山の麓に広がる古墳時代を想像して作られたジオラマが再現されていましたが

資料を見ながら、以前、私が司会を務めたシンポジウム「よみがえれ古墳人」を思い出しました。

5世紀の群馬は、かなり力を持った“王”が支配していたようで

資料によれば、
車持氏(くるまもちうじ)と呼ばれていた豪族が治めていた地域だそうです。


そもそも…、江戸時代まで群馬は「くるま」と呼ばれていたとのことで

“ぐんま”と呼ばれるようになったのは明治になってからなのだそうです。

( し、しらなかった…)



群馬県人になって30年…、
まだまだ知らないことだらけ…

ちなみに、もともと群馬県人の夫は、榛名山が過去に2回も噴火している事実も知らなかったようです。

ただいま、「かみつけの里博物館」ではファミリーも楽しめるクイズやスタンプラリーも行っています。

私も、もっと勉強しなくては…(~_~;)



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薄幸の歌人

2015-07-19 16:52:54 | まちづくり


今は歴史民俗資料館となっている明治時代に建てられた小学校の近く

川場村中央公園の「ふれあい橋」西詰めに
その碑は、ひっそりと建てられていました。





江口きちさん…名前は何度か聞いて知っていましたが、

県外から嫁いで来て30年になるというのに
不勉強で、よく知らなかった事に気付き、

少し調べてみました。

1913年生まれで、1938年に26歳という若さで亡くなっています。

その短い生涯の中で1000首もの歌を残していますが、とても複雑な事情があったようで

ろくでなしの父親に愛想を尽かし一人で飲食店を切り盛りしていた母親を、17歳の時に脳溢血で亡くします。

その後、兄妹達の面倒を見るために家業を継ぐことになった、きちさんは

知的障害のある兄の面倒をみながらも、また店に出入りする18歳も年上の地元の妻子ある男性との恋愛に悩み

元々、成績優秀で真面目な性格が自分自身を許せなかったのか、

それとも働いても働いても楽にならない世の中に嫌気がさしたのか

26の時に、兄を道連れに青酸カリで服毒自殺…


その時に着ていたきちさん自身が愛用のミシンで作った純白のウエディングドレスのレプリカが
歴史民俗資料館の展示室にあるのだとか…

知れば知るほど、なんだか哀れで切ないです。
(T ^ T)


今回は時間の都合で資料館の中まで見学できなかったのですが、

次回、川場を訪れた際は、ゆっくり展示室を回ってみようと思っています。




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川場田園プラザ

2015-07-19 16:41:14 | まちづくり
ファミリーで、大賑わいの川場田園プラザです。




数多い「道の駅」の中でも、ここは特別人気のスポットだそうで、

駐車場も朝から満杯、県外客の取り込みに成功している様子が窺えます。

アルバイトらしきスタッフも多くて
若者の雇用促進にもひと役かっているようです。

パン工房からビール工房なども地元で採れた原材料を使用し

レストランでは、もち豚と養殖のギンヒカリをメインに取り入れたメニューが人気、

お値段は少々高めですが、新鮮な食材を吟味して丁寧に作られている印象を受けました。

割り箸まで国産の集成材を使用?

こだわりが感じられますね!




このニジマスの高級ブランド魚ギンヒカリを養殖している場所を探して、

周辺をドライブしてみると

川場田園プラザから、約5分のところ…



美味しい川場の湧き水汲み場の少し先に



ありました!



たぶん、ここですよね?

よ~く見ると…




こっちは稚魚がウジャウジャと集まり

黒い輪になって見えます。





ちなみに、一匹丸ごとだと7000円くらいだとか…。(^^;;



イベントも、盛りだくさん





川遊びも釣り堀も楽しめます!




川場村は、食べどころも見どころも多く一日中いても飽きません。

次回は、ギンヒカリの押し寿司(2人前1700円)
が売り切れないうちに来ようと思います。
(^^;;




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おもてなし不足

2014-10-13 20:56:31 | まちづくり


台風19号は本当に恨めしいですね。

野外のイベントが雨のせいで台無し…、
何日も何ヶ月も前から準備して来られた当事者や主催者の方々は、
さぞかし腹立たしいことでしょう。

その気持ちは、主催者側の立場で関わる事が多い私には、よ~くわかります。

ただ、荒天にも関わらず開催する場合は、あらかじめ準備して柔軟に対応することで、

雨の中を、わざわざやって来た観光客に
「おもてなし」の気持ちを表す事もできたはずなのに、

何の配慮も感じられず、

あぁ、残念だなぁ…と思えるイベントに出会うことがあります。


本日、赤城山大沼で行われた秋祭りも、そうでした。


私の周りには10時すぎから、
外国人を含む30~40人の観光客が寒い中を神事が終わるまで待っていました。

お目当ての流鏑馬を見るためです。

…が、私は結局ワケあって、
やむなく帰って来ました。

高齢の父親が寒さに耐えられなくなったのです。(~_~;)

確かに、予想以上の寒さでした。

すぐに休む場所を探しましたが、
お土産物屋の店内には椅子もなく、あるのは冷たい雨に濡れた屋外のベンチだけ…。


本殿の中や来賓用の休憩室には赤々とストーブが燃えているのが見えていても、

一般の観光客には、暖を取る場所も救護所も、ないのです。

もちろん、本殿に近い駐車場は来賓用で満車、

足の悪い実父を連れてきても、車を離れた場所に置かなくてはならず、

帰り際も、よろけながら歩く実父の姿を見ながら、連れて来たことを後悔しました。


群馬県の魅力度は今回もビリから
2番目だそうですね。


せっかく素晴らしい催しがあっても

受け入れ側の準備不足が原因ではないでしょうか?

おもてなし…を表現するのが、とても苦手な主催者が多いですね。

そう思えた、
本日の赤城山大沼、秋祭りでした。






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町内運動会

2014-09-23 07:01:33 | まちづくり
数日前、アルバムを整理していて見つけた写真です。

以前、住んでいた町の運動会に参加した時のものですが、

なんだか神妙な顔をしています。




しかも、なぜか前列…。

育成会の役員をやっていた時でしょうか?


あれあれ?

なんなんでしょう…この写真は!




私が…選手宣誓⁈⁈


…そういえば、思い出しました。

自治会役員の方から、いきなり電話があり

「シミズさんに、どうしても頼みがあるんだけど…」

と、言われた時のことです。

「ダレもやってくれる人がいなくて…」


…それで、引受けました。

前日からドキドキ、

とても緊張しましたが、堂々とやり抜きました「選手宣誓」を。


競技は…確か、スプーンリレーに出ましたっけ。


約20年前の楽しい思い出です。




清水由美 

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地域時間

2014-07-12 00:46:44 | まちづくり


最近、地域の行事や役員の仕事で公民館活動に関わる事が多くなりましたが、

その活動で、少々困った事があります。

集合時間が、どんどん早くなっているのです。

9:30に集合と書いてあるので、9:15に行ってみると、

すでに全員が揃っていて作業を始めているといった具合です。

30分早く始めるのは普通で、
時には1時間も早めに来て、

作業をサッサと一人でやり終えてしまっている役員さんもいます。

時間どおりに行くと「遅い」と思われ、

こちらは
「すみません!遅くなりました‼」

とお詫びしなくてはならないハメに…。
(~_~;)

地域時間というのでしょうか…

いつの間にか、集合時間より30分以上前に集まるというのが当たり前になりつつあります。

「早く行かなきゃ」

と誰もが思い始めると、こういう現象が起きるようですが


困るのは、一番あとに到着した人が、引け目を感じる妙な空気…


コレって、なんだかヘンだと思いませんか?

そう思いつつも、最近のワタクシ…
その地域時間に強迫観念さえ感じながら

「早く行かなきゃ」

…と、いつも慌てて家を飛び出すのです。
(≧∇≦)






清水由美 

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富岡日記

2014-05-03 07:10:42 | まちづくり


富岡製糸場創業当時の工女、(女工とは言わず工女と呼んだそうです)
和田英さんが50歳の時に綴った回想録です。

当時の英さんは17歳、信州松代の旧藩士の娘で、私たちが描く“女工”さんの暗いイメージとは、
生活ぶりもかなり異なっていた様子です。

そんな士族の娘達を含む13歳~21歳の子女たちが多い時で500~600人?

一部屋に5、6人ずつの班に分けられて寝起きしながら生活していたようで、

この「富岡日記」には、その製糸場での寮生活でのエピソードが綴られています。

製糸場での仕事は技術を身に付けるための厳しい修練も伴っていたようですが

たまに、見学に訪れるvipのために出身地の盆踊りを披露することもあったようで、(余興ですね)

最初のうち、お英さんら長野県出身者で盆踊りを披露していたそうなのですが、

途中から山口県出身者の踊りに取って代わられ、
山口県出身者の踊りはお座敷で踊るように高尚だとかで、もてはやされたらしく、

「丁度よかった、自分は踊るのは不本意なのだから…」

と、負け惜しみ?で愚痴る行もあるかと思えば、(^^;;

皇太后皇后陛下の御訪問時に
白塗りの化粧をした女官達を見た工女たちが笑を堪えられず、つい笑ってしまい、
そのことで管理者から叱責された話、

女官たちの事を「福助さんのような…」と揶揄する行もあり、
お箸が転んでも笑える年頃、さぞかし笑を堪えるのも大変だっただろうと想像できる行もありました。

また、脚気で倒れた同僚を献身的に看病する様子も具体的に書かれており、同僚を厠まで背負って行き、用を足すのまで手伝った等々、英さんが面倒見の良い性格だった事も窺えます。

フランス人技師ブリュナ夫人の美貌を憧れの思いで讃える行はいかにも女性らしく
服装などの描写も細かくて、その観察力にも驚かされるのでした。

全編に、勝気な性格が見え隠れし、またプライドの高い女性だったようで、
農村出身者を見下すような、ややもすると差別的な表現も見え隠れするのですが、

英さんが生きた明治~大正時代当時としては、それが社会通念だったのかもしれません。

朝ドラの「花子とアン」でも、
そういう場面は多々ありますものね。

富岡日記は様々な人が後に解説していますが、
著者の和田英さんが、30年前の記憶を元に記しているので
記憶違いや誤字脱字も多いようで
す。

まぁ、私だって30年前の事をblogに書いていますが、記憶がかなり曖昧になってきていますもの…
無理もありませんね。(^^;;


清水由美

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サテンの夜

2014-04-26 15:21:23 | まちづくり


blogを更新するに当たり、
最初に思い浮かんだ曲がムーディーブルースの「サテンの夜」です。

富岡製糸場と絹産業遺産群の世界遺産登録勧告で

今日午前中の仕事先だったラジオ局では急遽、特番を組んだり…で地元は、にわかに騒がしくなってきました。

こう言うニュースは、本当に嬉しいですね!

実は、一ヶ月前に富岡製糸場を訪れた際は、あまりにも静かで活気が感じられず、少し心配していたのです。(^^;;

私も話題に乗り遅れまいと、早速図書館で関連本を借りてきました。

何度も訪れている富岡製糸場ですが、

これまでは一通りの内容を関係者に取材したり、
“伝道師”と呼ばれるボランティアガイドさんの説明を聞くだけで

積極的に調べたり勉強したことがなかったのです。

確かに、煉瓦造りの建物は素晴らしい歴史的建造物ですが

実は私が一番知りたかった当時の女工さん達に関する展示が少ないのも気になっていました。

その少なさが、
表には出せない事実もあったのかも…との憶測を生んでしまうのです。

今、放映中の朝ドラ「花子とアン」で妹のカヨが女工になり朝から夜まで働きづめで寝るのだけが楽しみという手紙が姉のハナに届くシーンがありましたが、

そんな生活では、身体を壊した女工さんも多かったはずです。

当時の富岡製糸場女工達の生活ぶりについて思い浮かぶのが和田英の
「富岡日記」ですが、

当時は名家の子女が女工として働いていたとのことで、
この人の場合も信州松代の旧藩士の娘、

富岡製糸場の場合は私たちが一般的に思い浮かべるような辛い生活ではなかったとされています。

それなら、もっと「女工さんの生活」をクローズアップした展示がされても良さそうなものですが…。

人が関わった歴史を詳細に記す事で、よりドラマが生まれ、私たちの心に刻み込まれます。

製糸場と絹産業遺産には数多くの若き女性たちが関わってきたのは事実なのですから…。

ここいらで、働き者の
「かかあ天下」という言葉のルーツを掘り起こしてみようではありませんか!

そんなワケで、その昔、担当していた音楽番組を思い出し、

絹や糸に関する曲をリストアップしてみました。(*^^*)

サテンの夜
http://youtu.be/kr6qr1AWRko

糸を紡ぐグレートヒェン
http://youtu.be/w90jpyjsaLs

フルフル
http://youtu.be/FlCTPdnFhao

清水由美

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