声の仕事とスローライフ

ただ今、仕事と趣味との半スローライフ実践中。遠方の知人友人への近況報告と、忘れっぽい自分のためのWeb忘備録です。

逃避行の果てに

2020-05-07 09:03:17 | テレビレポーター、キャスターの仕事

ふと目に留まった記事に

関西にいた頃、

MBSのレポーターの仕事で

大阪地裁に並んだ事を思い出した。

このblogにも以前『裁判所にて』というタイトルで当時のことを書いたが、


朝5時に大阪地裁に並んだのは、
後にも先にも

あの時が初めてで、

今でも忘れられない経験となった。


あの時の“彼女”は、

薄茶色のワンピースを着て法廷に入ってきた。

第一印象は、とてもそんな大それた事をするようには見えないほど

嫋やかな女性で、

膝丈のワンピースからスラリと伸びた手足が

スタイルの良さを思わせた。

新聞の写真よりも伸びた肩までのセミロングが

やや痩けた頬を覆っていたが、

化粧っ気のない色白の顔が、

いかにも薄幸な生き方を思わせ、

私を含む取材席にいたメディア関係者の興味を引いた。

それは、彼女が入廷してきた時の

男性記者たちから洩れた軽いため息のような、

どよめきからも察する事ができた。

それほど

“事件のヒロイン”は美人だった。


そして、

同時に法廷に入ってきた“恋人”と呼ばれた男は…というと、

白い開襟シャツに濃いグレーのスラックス姿で

きちんとヒゲを剃り、

それなりに整えられた短い髪で

ちらりと見えた眉の濃い端正な横顔から、

いかにも女にモテそうなタイプである事が窺えた。

肩を小刻みに揺らす癖のある気の弱そうな印象に、

“色男金と力はなかりけり”というヤツだなぁ…

と私は、あの瞬間、思ったものだ。

彼女の落ち着いた様子に比べると

男の方は、相当緊張しているようだった。


男が左側、彼女が右側に2人並んで立って判決を聞く時、

私は、その後ろ姿を見ながら

( お似合いだなぁ…)

と思った。

かつて愛し合った男女が、こんな場所で再会をする…

まるでドラマのワンシーンそのものだった。



逃避行までして男を守ろうとした彼女は、

刑を終えた後で、

別の男性と結婚したと記事には書いてあった…。

彼女の父親は教育者で、
きちんとした家で育ったと聞いているが、

その後は、
どんな人生を送ったのだろうか…

そして今、どんな生活をしているのだろうか…。







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食レポ

2019-08-21 13:05:15 | テレビレポーター、キャスターの仕事



久々の食レポのお仕事…

と言いたいところですが、ウソです。(^_^;)

…が、

コレを食レポするとしたら

どう表現しようかと考えながら頂きました。



出張先で、

お昼に一人で入れそうなお店を探していたところ

郡山市商工会議所の近くで定食屋さんを見つけました!




注文したのは

“通の豚ロース生姜焼き定食”です。




出された途端に、

( コレ全部、食べられなかったらどうしよう…)

と、心配になりましたが、


最初に、シジミのお味噌汁を一口飲んだ途端、

夏バテ気味の身体にスーッと、染み渡るようで、

一気に食欲が出てきました。



お米は、天日干しだそうで、

やや硬めではありますが、弾力性があって噛むほどに甘みが出てきます。

豚ロース肉には、醤油と砂糖に片栗粉を加えた甘辛いタレがしっかりと付いていて、

とろけるように柔らかく、

濃いめの味付けが、

付けわせのキャベツの千切りと一緒に食べると丁度良い感じ。


4種の小鉢は

マヨネーズを利かせたポテトサラダに

キュウリとトマトの中華ドレッシング和え

筍の醤油煮、

それにワカメの胡麻和え。

どれも薄味でバランスが良くて、


私にしては、珍しく完食できました!


1200円(税別)のお値段以上に、十分満足できました。


カウンターには、アニメの声優の皆さまのサインが…






次に来た時は、

ほかの定食メニューも試してみたいな、と思わせてくれる、まさに“母”の味でした。

ご馳走さまでした。



以上、

かつてMBSのワイドショーで


ディレクターからダメ出しされた元レポーターの私、清水がお送りした食レポでした。

(^^;;














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引退会見

2017-11-29 17:58:47 | テレビレポーター、キャスターの仕事
車で移動中に、TVの音だけ聴いていました。

“音声”だけですと、

より、想像が膨らむものです。


暴力はいけませんが、

「酒を飲んだから…は関係ない」

という日馬富士のコメントに、

やはり、
余程のことが有って…の事だったのかな…
と思いました。


加えて、

貴ノ岩への気持ちを訊かれた時の

「礼儀と礼節を忘れずに…ちゃんとした生き方をして頑張ってほしい」

というコメントに込められた“含み”の部分が何を意味するのか…

苦しい胸の内が伝わってきました。



それにしても…、

会見に集まった報道陣の“質問”の仕方が気になりました。


誘導尋問的な、回りくどい訊き方も多くて…
モンゴル出身の日馬富士にとっては、

答えづらい質問が多かったように思います。



同席された親方も仰っていましたが、

言い方をちょっと変えただけで、同じような内容の質問が多いと感じました。


そうやって、ワザと同じような質問をして、
ブレがないかどうかを確認しているのですか?



会見終盤は特に、
明らかに不快感を露わにしていたと…

親方の声に“苛立ち”があるのを、聴いていて感じました。


“怒らせて本音を聞き出せ”

という手法は、昔からあったけれど…


視聴者目線で考えると

確かに不快かもしれませんねぇ…。😓



今日は、暖かな1日でしたね。


しみずゆみ











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知将と呼ばれた人

2017-07-02 05:09:26 | テレビレポーター、キャスターの仕事
久しぶりにお顔をネット記事で拝見したと思ったら…。



もうずっと昔のことですが

ご自宅に伺ったことがありました。


当時は阪急ブレーブスの監督として活躍されていて…

たまたま、その時ご一緒した仕事が

私の場面は、まず滅多にない…

というより

かなりミスマッチな大手寝具メーカーのTV用“VP”出演で、


( また、誰かのピンチヒッター?)

かと思いながら、受けた仕事でした。


しかも、撮影場所がスタジオではなく

監督のご自宅、

そこで2ショットでのインタビューと寝具のPR動画を一緒に撮る

というものだったのです。


当時、ラジオ大阪で草野球チームを取材するレポーターをやっていたこともあって

番組がらみで、

近鉄バファローズのホームの藤井寺球場には入団テストの取材などで

度々、足を運ぶことはありましたが、


阪急ブレーブスとは、縁がなく

しかも、初対面の監督のご自宅に伺うこと自体が異例でしたので

とても緊張していたことを覚えています。


カメラの前で、

『今日は上田監督のご自宅におじゃましています…』

と前フリして、“眠りの質”についてインタビューしたお部屋は、

まだ新しい畳の香りがする、日当たりの良い和室でした。


“野球の監督と言えば大邸宅”のイメージを持っていた私にとって、

意外なほどシンプルで、きちんと掃除の行き届いた気持ちの良いお宅だったように思います。

奥様も、目立たず静かで地味な印象の方でした。


ご自宅での監督は、とても穏やかで
よき家庭人という雰囲気でした。


その後は、球団の買収問題なども含め、
いろいろ御苦労をなさったと伺っていますが、

阪急ブレーブス時代のご活躍は、今でも忘れません。

その節は大変お世話になりました。

そして、長い間…お疲れさまでした。


しみずゆみ


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海原しおりさん

2014-03-10 12:01:41 | テレビレポーター、キャスターの仕事
今朝の読売新聞に、1月3日に亡くなった海原しおりさんの追悼記事が載っていましたが、

その記事を読んでいて、ふと今から30年前に、関西のTV局のワイドショーで、さおり&しおりさんと一緒にレポーターを務めていた頃を思い出しました。

ワイドYOUメイツと呼ばれ、メンバーは半数以上が芸人でフリーアナウンサーは数人。

日替わりで取材した内容を報告する、という主旨のコーナーでしたが、

「スタジオ2時」から「ワイドYOU」になって、初めて出演した日に、さおり&しおりさんと出会いました。

番組の中で自己PRがあり、芸人に負けまいと、つい悪ノリして
「おかげさまで20歳になりました!」と言った私に、

さおり&しおりさんが、即、反応。TVカメラの前で、芸人さん同様に、

「あんた、ウソついたらあかんで!」

と、つっ込まれたものです。(^^;;

この番組では、限られた枠内で、いかに目立つか、という目に見えないタレント同士の攻防戦が日々繰りひろげられ、
時には足の引っ張りあいに近いこともありました。

その中での私の立ち位置は、

元自衛官のレポーターという事務所サイドの売り込みと、番組サイドの「個性がなくクッション的な役割」という思惑もあって、

毎週、取材に行っては真面目に内容を報告するという、出演頻度の多いレポーターの1人でした。

ある時、久しぶりに、さおり&しおりさんと番組で一緒になった日のことを、今でも忘れません。

中国地方のある心霊スポットを取材し、その内容を報告し自分の出番を終えてレポーター席に帰って来くると、

いきなり、しおりさんから
「あんたなぁ、中国縦貫道いうてたやろ?ちゃうよ!
中国自動車道が正式な名称やで!」

とニコリともしない表情でやり込められました…。(~_~;)

その時の私は、
( 人の揚げ足をとってイヤな人…)
と思ったものです。



今日の新聞に、

『打合せの相手にキツイ事をいった後、ずっと後悔していた。』

という記事を見つけ、

(もしかして、しおりさんは私を不愉快にさせたことも後悔していたのかしら?)

と思えて来ました。

彼女は、勉強家だったと聞いています。

「中国自動車道」は、法定名称で
「中国縦貫自動車道」略して「中国縦貫道」とも言いますが、


一般的には、しおりさんの言うとおり、「中国自動車道」と言うほうがわかりやすいでしょう。

あの時、なぜ私は

「ご指摘ありがとうございます」

と素直にお礼が言えなかったのだろうと…悔やまれます。

レポーターは、わかりやすく伝える事が、大切ですものね。

しおりさんは、きっと、それを言いたかったのだと思っています。





清水由美 

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裁判所にて

2013-02-08 18:34:18 | テレビレポーター、キャスターの仕事
関西でレポーターをやっていた頃の
仕事は、心霊シリーズ以外には“事件”の取材がありました。

サラ金問題などの社会問題や、マスコミを騒がせた事件を調べ、
ワイドショーで紹介する仕事です。

その仕事中に、
実は何度かピンチに立たされた事がありました。

三◯銀行の女子行員の横領事件の初公判の時です。
前日の深夜、番組ディレクターから

「急な取材で悪いんだけれど、明日の朝、地裁にいってくれる?」

との電話があり、

翌朝5時から、大阪地裁で傍聴券を求める長蛇の列に並ぶことになったのです。

「もし、クジに外れてもアルバイトを何人か頼んであるから大丈夫だからね!」

と言われていたものの、
誰がバイトさんやら…私には全くわかりません。(~_~;)

( 何が何でも自分で当たりクジを引かなくては…この取材ができないと、
私は多分、準レギュラーから外される )

そう覚悟を決めて抽選の棒を引くと、
先に赤いマークが…。

(ああ、良かった…)

と、ホッとしたのもつかの間、
裁判所に入ろうとすると、すぐに警備員に呼び止められました。

メモを取るなどの許可は腕章を付けている取材陣のみに認められる、というのです。

一難去ってまた一難、どうしたものかと思っていた時、
目の前に見覚えのある人が…

そうです、当時TBSのワイドショーのレポーターをされていた東海林のり子さんです。

とは言え、私のような駆け出しのレポーターが東海林さんのような
ベテラン有名レポーターと面識があるわけがありません。

そこで、私の出演している番組はTBS系列だという事を思い出し、

すぐに、東海林さんのところに行き
事情を説明したところ

彼女は、

「大丈夫よ、ウチのカメラマンの腕章を使うといいいわ、
カメラは入れないんだから。」

と言ってカメラマンの腕章を快く
私に貸してくださったのでした。

TBSの腕章をつけた私は、他局の取材陣に混じって、

堂々と傍聴席の一番前の取材陣席で
メモを取り、写真撮影の代わりのスケッチをする事もできました。

2時からの生放送で、無事に裁判の模様を伝える事ができたのも、
東海林さんのおかげです。

残念ながら、その後は東海林さんにお会いする機会がありませんが、

いつかお会いする事があれば、
真っ先に、あの時のお礼を言いたいと思っています。

清水由美 

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日傘の女

2013-02-07 18:26:17 | テレビレポーター、キャスターの仕事
私が心霊シリーズのレポーター時代に一緒に仕事をした

テレビ局のプロデューサーFさんというのがとても変わった人でした。

一緒に歩いていると、

「ホレ、おユミ。前から来ているあの女なぁ、人間とちゃうで….」

そんなことを言っては驚かすのです。

詳しく訊いてみると、
ある日ある時から“それ”が見えるようになったらしい、

この世の人たちではない人たちが見えるようになった、というのです。

 顔立ちは芥川龍之介に良く似ていて、当時、50歳くらい、

飄々とした痩せ型のFさんに見えるようになったのは、

胃のほとんどを切除する、
という大手術を受けたあとからだというのです。

 それに気がついたのは、
まず手術後、自分ではじめてトイレに
行けるようになった時、

病院で男子用のトイレで誰もいないなと思って空けて用を足していると
目の前に見知らぬ老人が立っていたり、
真夜中に病院の廊下で子供が遊んでいたり….。

最初は、ヘンなことばかり起こるなぁと思っていたそうですが、

そのうち慣れてしまって見えることが楽しくなったというのです。

最初のうち、冗談めかして話すので、私は全く信じていなかったのですが

ある日、やはり一緒に梅田の地下街を歩いている時に不思議なことがありました。

「ホレ、前から来ているカップルの後ろの女、見てみ、恨めしそうな顔しているやろ

あれは、あの男が昔別れた女だな、
相当、恨んでんなぁ」

私には、その時はまったく見えなかったのですが、

それから別の日のある夏の日の夕方ちかく、
やはり仕事帰りに地下鉄の駅に向かって歩いていると、

後ろからやってきたFさんが、
私をちょんちょんとつついて

「この時代に下駄はおかしいよなぁ」

とつぶやいた彼の視線の先に・・・
日傘をさしてゆっくり歩いてくる女の人。

夏物の白っぽいワンピースに素足、
そして、足元は何故か赤い鼻緒のついた下駄、

すれ違う時、私には顔は見えなかったのですが、そのプロデューサーがいうには、

「なあ、普通に見えても、どこかちょっとへんだろ?ああいうのはこの世の人間と違う。ふっと振向くともう、その場所にいなかったりするしな….。」

それを聞いてすぐに、振り返ってみたのですがその言葉通り、

今、普通に見えていた人がいない、
その前を歩いていたOL風の二人組みはいるのに、

その後ろにいたはずのあの日傘の女の人が、どこにもいないのです。

目の錯覚にしては、妙にあの赤い鼻緒の白い素足が眼に焼き付いて、

その時のことが今でも、忘れられません。


清水由美 

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誰かがいる?

2013-02-06 22:38:27 | テレビレポーター、キャスターの仕事
スタッフと別の部屋で一人になった後
しばらく寝付けなかったのは、

多分、昼間の樹海で見た様々な遺留品のせいだという事はわかっていましたが、

どうも、落ち着かないのは部屋のカビ臭さのせいだと思いながら布団に入っていました。

ここから後は、夢なのか現実なのかは
定かではありません。

 
嫌な気分のせいで、
蛍光灯をつけたまま横になっていた時です。
首の辺りがモゾモゾとこそばゆくなってきて、みると5~6本の髪の毛が枕にくっついているのです。

でもどう見ても長さが違うし、私の髪の毛よりも細い毛でした。

「まったく、枕カバーも換えていないんだわ」と
文句をいいながらその髪の毛をくずかごに捨てて、

「さあ、もう寝なくっちゃ」と床に入って暫らくすると、

やっぱり、首の後ろの辺りがモゾモゾするのです。

 見ると今度は本数が増えて10本以上はあったでしょうか....。

おかしいなさっき確かに捨てたはずなのに....と思いながら、

くずかごを見ると、さっき捨てたはずの髪の毛が入っていない。

 ぞーっとしましたね。

怖くて、その時はどうしようかと思いましたがとりあえず、

寝よう、寝なきゃ明日の仕事に差し支える。

そう思って枕をはずして電気をつけたままで布団をかぶって寝ようと
したのです・・・・・・が、やっぱり首の後ろがモゾモゾするのです。

見ると、今度は敷布団の上に20本くらい髪の毛が、くっついているではありませんか。

怖いというより、もうその時は
疲れているのに眠れないことに、急にムカムカ腹が立ってきたのです。

 それでいきなり飛び起きて、

「もう、いい加減にしてよね、明日は早いんだから、
この仕事逃したら困るんだから・・・私だって生活かかってんだからね!」

と、姿の見えない“何か”に向かって
怒鳴ったんです。(~_~;)

それから、また布団をかぶって寝たのですが、それからは何事も起こらず・・・、
でも5時起きの翌朝の取材は睡眠不足でボーっとしていましたけれどね。

あれは…何だったのか。

スタッフにその話しをすると

「もしかしたら樹海に入った時、連れて来たんちゃう?」

と、からかわれました。

もし、そうなら一緒に帰りたかったのかも知れませんね。

清水由美 
コメント (2)
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古い旅館で

2013-02-05 17:47:25 | テレビレポーター、キャスターの仕事
樹海の中では、自分の入ってきた道を見失わないように、

途中の樹に、一メートル間隔に赤い紐で目印をつけながら進むのですが、

頭上を見上げるとカラスが飛んでいて、
それを見るたびに何ともいえない嫌な気分になったものでした。

 案内をしてくれた年配男性の話では
毎年、定期的に地元の捜索隊が入って

自殺者の遺体収容を行っているということもあって、

私が入った時は、その捜索が終わったばかりと聞いてホッとしたものです。

とはいえ、女物の時計や男物の黒い革靴など、辺りには遺留品が幾つも散乱していて、

中には明らかにここで首を吊ったであろう、木の枝にかかったままの古い縄や紐が、
そのままの状態で残されていて、

それらが、
風に揺れてブラブラしているのを見るのは、とても生々しいものでした。

周囲には睡眠薬の小瓶らしきものもありました。

(こんな場所で、さぞかし寂しい亡くなり方をしたのでしょうね…。)

と、心の中で手を合わせながら初日の取材を終えた私は、その場所を後にしたのですが・・・・。


樹海での取材が終わって、近くの旅館に到着したのは、

辺りもすっかり暗くなって、
夜の9時をまわっていたかと思います。

その日は、修学旅行生でどの部屋も満杯、私たちが通されたのは、
離れのような古くて薄汚れた部屋でした。

他の男性スタッフ達とは1人だけ別の部屋に通された私は、
何となく、カビ臭い部屋だなぁと思いながら

翌日の早朝取材に備えて、
早めに布団に入ったものの、疲れているはずなのに
何故かなかなか寝付けないのです。

その時の気持ちを表現するのは、
とても難しいのですが、心がザワザワしているとでも言いましょうか、

どこか落ち着かない、身体がゾクゾクするような違和感がありました。


清水由美 

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樹海にて

2013-02-04 19:16:39 | テレビレポーター、キャスターの仕事
守護霊が見えるという、取材で知り合った女性の話をしましたが、

二年近く、心霊シリーズのレポーターを経験した中で、特に印象に残った
のは富士山の麓にある樹海に入った時
です。

青木ヶ原の樹海は自殺の名所として知られているところですが、

この樹海の周辺では何人もの人が、霊を見たという証言をしています。

 ある時は、この樹海付近の道を通りかかったタクシーの運転手さんが、

髪の長い女性を乗せたところ、途中で
消えていなくなったとか、

深夜のドライブ中にバックミラーに青白い顔の男性が映っていたとか、

その手の話は後を経たない場所です。

 でもこの樹海の周辺は秋になると、
それは素晴らしい紅葉がみられ

観光客を乗せた観光バスも通っていて、決して寂しい場所ではないのです。

 ところが、一歩、樹海の中に入る
と、そこは別世界です。

暗くてひんやりした、樹海の中は方向感覚がわからなくなるといわれ

一度この樹海で迷うと二度と出てこれなくなるとも言われているのです。


 私が関西から取材スタッフと一緒にこの樹海の中に入ったのは、

もう紅葉も終わろうとしていた晩秋の頃でした。


清水由美 

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