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(目次)
第2章 戦後世界のうねり:植民地時代の終焉とブロック化する世界(15)
053「イデオロギー」が根付かないアラブ世界(3/3)
しかしアラブ世界では都市部と言えども産業革命はほとんど進展せず、大規模な工場を経営する産業資本家とそこに働く多数の労働者と言う階級分化の図式が出現しなかった。経済の実権を握っていたのは同族経営の商業資本家たちであり、社会主義や共産主義が生まれる余地はほとんど無かったと言えよう。
中東を流れる「血(民族)」、「心(信仰)」と「智(思想)」と言う三つのアイデンティティの中で「智(思想)」が最も弱い。極端に言えば中東では「血(民族)」と「心(信仰)」が強すぎて「智(思想)」が育たないのである。
さらに社会主義と並ぶ汎アラブ主義のもう一つの柱であるアラブ民族主義にも問題があった。「アラブ民族」と言う余りにも広すぎる概念を振りかざしたことである。「血」のつながりは「親族」、「一族」、「部族」と広がり「民族」が最も広い概念である。ただ一般の民衆が一体感を持てるのはせいぜい部族止まりであり、「アラブ民族」と言う概念は余りに大きすぎる。ところが権力闘争でのし上がったナセルのような政治家たちは「アラブの栄光」と言う誇大妄想に取りつかれ、「アラブ民族主義」を掲げれば民衆がついてくると考えた。
土地に根を生やした一般民衆にとって三つのアイデンティティのうちの「血」のつながりは一族あるいは部族止まりで十分だったようである。それ以上の広い世界における一体感はイスラムの「心(信仰)」が与えてくれる、と言うのが庶民の世界観だったと思われる。そしてそれは現在のアラブ世界にも生き続けていると言えないだろうか。
(続く)
荒葉 一也
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