実際に身を置いて暮らしてみなければわからない問題、というものがあります。
アメリカに移住してからそろそろ16年。
いろんなことに驚いたり感心したりがっかりしたりしてきましたが、中でも健康保険の問題については、今なお、なんで?という気持ちが拭えません。
1%の支配を、強烈に感じるのです。
オバマケアというものが、やっとのやっとで始まって、ついにわたしたちにも春が来るかと期待していたのですが、
これから読んでいただく記事の中で、堤氏がおっしゃっているように、なんのこっちゃない、同じようなもんじゃん…な結果に終わってしまっています。
わたしたち夫婦ふたりだけの健康保険の支払い額は、月々10万円。
これでも少しだけ、安くにはなりました。
けれども、結局は、民間の保険会社が指定した病院や医師でないと、治療を頼むことはできません。
そして、パッケージにはいろいろな選択肢があるのですが、どれもこれもがややこしくて、これを移民家族の、あまり英語が堪能ではない家族が、書かれていることをちゃんと把握できるかどうか、非常に疑問です。
英語人の夫でさえ、自分たちに一番合いそうな、というか、コレにするしかないじゃないか、みたいな心持ちで選ぶ作業に、長い時間と手間がかかりましたから。
そしてやっとのことで選んだパッケージが、月々の支払いが10万円のもので、
もちろん、今までと同じく、歯と目の治療には保険が使えませんから、実費での支払いになります。
巷の噂で流れている、虫歯治療に何十万円というのは、実際の話です。
月々の支払いを10万円ぐらいまで下げるために選んだパッケージは、治療費が、例えば25万円を超過すると、その後の治療費は無料(または少額)にしてやるよ、というもので、
だから今年は、せっせと、一昨年からうるさく言われていた検査を、次から次へと受けました。
でも、残念ながら、その最低ラインには到達できず、結局、国から検査を受けるよう指定されているもの以外は、すべて実費になりました。
どんな状況でも、まず必ず行かなければならないのが、プライマリードクターといって、いわゆる一般的な診察をする医者のところです。
その病院に行くと、治療や検査の有る無しに関わらず、必ず窓口で、数千円(うちの場合は4000円)払わなくてはなりません。
症状を診た後、紹介してもらった専門の医者に行くと、もっと高くなります。
おかげさまで、夫もわたしも、これまで深刻な病気というものにかかったことがありません。
腎臓結石でとんでもなく痛い思いをしたことはありますが、薬を数日服用しただけで、後は夫の鍼治療で回復しました。
でも、その極限の痛みの中でも、救急車を呼ぶことを躊躇したこと。
救急医療には保険が利かないという、この恐ろしいシステムが、たくさんの人に痛みや苦しみを余計に与えているのです。
それだけではありません。
躊躇したがために、命を落としてしまった人もいます。
なんでそんなことに躊躇するのだ?と、疑問に思われるかもしれません。
でもそれは、日本の健康保険事情が、いかに恵まれているかの証です。
こんなくそったれな、すでにこの国ですっかり肥えている保険会社の、餌食になるようなことを許してはなりません。
議員にハッパをかけてください。
電話でも事務所の訪問でも、そしてファックスやメールでも、なんでもいいので翻訳して、読んで、討議しろ!と命じてください。
↓以下、転載はじめ
ジャーナリスト堤未果氏 「国民皆保険の切り崩しは始まっています」
【日刊ゲンダイ】2015年12月7日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/170925/1
臨時国会を拒否し、2日間の閉会中審査でTPP審議をはぐらかした安倍政権が、バラマキを始めた。
最も反対の声が大きい農林水産業界を黙らせ、国民が売国条約の全容を知る前に、承認に持ち込もうというハラなのだが、問題は農業だけじゃない。
米国が狙う本丸は、医療分野だ。
その懸念を早くから訴えてきた、この国際ジャーナリストの堤未果氏は、
「国民皆保険制度の切り崩しはすでに始まっている」と、警鐘を鳴らす。
――10月に大筋合意したTPPの全文が、11月にようやく公表されました。
日本政府が作成した、30章97ページの「TPP協定の全章概要」は、かなりはしょっています。
ニュージーランド政府の英文文書は、まったく同じ内容なのに598ページ。
文書を含めた全体では、1500ページ超が215ページに縮められています。
話になりません。
――日本政府が公開したのは、本当の意味の全文じゃないんですね。
私が取材している、医療や食品にとって重要な「知的財産章」「投資章」「透明性及び制度に関する規定章」は、138ページが21ページに圧縮されています。
そもそも、TPPの正文(国際条約を確定する正式な条約文)は、英語、仏語、スペイン語。
域内GDPで、米国に次ぐ経済力のある日本が入っていないことに、なぜ外務省は抗議しないんでしょう?
「不都合な真実」を国民に知られまいと、外務省が正文扱いを断ったんじゃないか、という臆測まで広まっています。
――一般の国民が全容を知るのは、不可能に近いですね。国会議員でも怪しいところですが。
外務省は、英語正文を読み込める国会議員はいない、とタカをくくっているんです。
外務省が都合よく翻訳した「概要」をベースに、いくら審議を重ねても意味がない。
いつものように、手のひらで転がされるだけです。
■TPPの正文翻訳を急がなければ安倍政権の思うツボ
――国会議員がしっかりしないとマズい。
正文に記された内容を、正確に把握した上で、問題点を追及しなければ、承認を急ぐ安倍政権の思うツボ。
日本語の正文がない以上、外注でも何でもして、大至急翻訳する必要があります。
法律には、巧妙な言い回しで、“地雷”を埋め込まれていますから、国際弁護士のチェックも欠かせません。
適用範囲が拡大した、TPPの肝であるISD条項(国と投資家の間の紛争解決条項)は、すべての国会議員が目を通すべきですし、
厚労委に所属する先生だったら、食の安全と医療は最低限押さえるとか、それぞれの専門分野の正文を読むべきです。
こういう時のために、税金から政党助成金が配分されているんです。
30人の国会議員で、1章ずつ翻訳を頼めば、アッという間にできる作業でしょう。
臨時国会が召集されず、審議が本格化する年明けの通常国会まで、時間はあるんですから。
――正文の翻訳をHPなりSNSにアップしてくれれば、一般の国民も内容に触れやすくなります。
そうですね。
まずは全章翻訳ですが、TPPは、付属書と、日米並行協議などの内容をまとめた2国間交換文書の3つで1セット。
法律は、付帯文書に核心を仕込んでいることがままありますし、
TPP参加の入場券と引き換えに、日米並行協議で、非関税障壁を要求されています。
ここで日本がのんだ「譲歩リスト」は、特にしっかり精査しなければなりません。
TPPは、「1%VS99%の情報戦争」。
時間との勝負なんです。
米国でTPPが批准されないという見通しは甘い
――「1%VS99%」とは、どういうことですか?
TPPは、「1%のクーデター」とも呼ばれています。
1%というのは、米国の多国籍企業や、企業の利益を追求するロビイスト、投資家やスーパーリッチ(超富裕層)のこと。
彼らの目的は、国から国家の機能を奪い、株式会社化して、効率良く利益を最大化することなんです。
民営化は、彼らをますます潤わせる手段です。
いま、米国で最も力のあるロビイストは、製薬業界。
彼らが虎視眈々と狙っているのが、日本の医療分野で、30年前から自由化の圧力をかけてきた。
TPPはその総仕上げなんです。
――中曽根政権時代ですね。
86年のMOSS協議(市場分野別個別協議)で、米国から、薬と医療機器の市場開放を求められたのが皮切りです。
その後も、対日年次改革要望書などで、
・混合医療の解禁や米保険会社の市場参入、
・薬や医療機器の価格を決定する中医協に、米企業関係者の参加を要求するなど、
さまざまな注文を付けてきた。
TPPを批准したら、安倍首相の言う通りに、皆保険の仕組みは残りますが、確実に形骸化します。
自己負担限度額を設けた高額療養費制度も、なし崩しになるでしょう。
米国民と、同じ苦しみを味わうことになってしまいます。
――米国では14年にオバマ大統領が皆保険を実施しましたが、そんなにヒドイ状況なんですか?
通称「オバマケア」は、社会保障の色合いが濃い日本の皆保険とは、似て非なる制度。
民間医療保険への加入を、義務付けられたのです。
日本では、収入に応じた保険料を支払い、健康保険証を提示すれば、誰でもどこでも病院で受診できる。
オバマケアは、健康状態によって掛け金が変動する、民間保険に強制加入させられる上、無加入者は罰金を科されます。
オバマケアは、政府に入り込んだ、保険会社の重役が作った法律。
保険会社は、リスクが上がるという口実で、保険料を引き上げ、プランごとにカバーできる医療サービスや処方薬を見直した。
保険料は毎年値上がりするし、米国の薬価は製薬会社に決定権があるため、非常に高額。
日本と同程度の医療サービスを受けられるのは、ひと握りの金持ちだけ。
当初喝采していた政権びいきのNYタイムズまで、保険料や薬価が高騰した、と批判し始めました。
――盲腸の手術に200万円とか、タミフル1錠7万円というのは大げさな話じゃないんですね。
WHO(世界保健機関)のチャン事務局長も、TPPによる薬価高騰の懸念を示していますし、国境なき医師団も非難しています。
「特許期間延長制度」「新薬のデータ保護期間ルール構築」「特許リンケージ制度」は、いずれも後発薬の発売を遅らせるものです。
製薬会社にとって新薬はドル箱です。
TPPによって、後発薬発売が、実質延長されるでしょう。
米国では、特許が切れたタイミングで後発薬を売り出そうとする会社に対し、新薬を持つ製薬会社が難癖をつけて、訴訟に持ち込む。
裁判中は後発薬の発売ができませんから、引き延ばすほど、製薬会社にとってはオイシイんです。
■「TPPの実態は独占」
――HIVや肝炎などを抱える患者にとっては死活問題ですが、日本の薬価や診療報酬は中医協や厚労省が決定権を握っています。
TPPの「透明性の章」と関係するんですが、貿易条約で言う「透明性」は、利害関係者を決定プロセスに参加させる、という意味。
米国は、小渕政権時代から、中医協に民間を入れろと迫っているんです。
TPPでそれを許せば、公共性や医療の正当性を軸にしている審査の場に、ビジネス論理が持ち込まれてしまう。
グローバル製薬業界は、新薬の保険適用を縮小したり、公定価格との差額を政府に穴埋めさせるなどして、皆保険を残したまま高く売りつけたい。
医療費がかさめば、民間保険に加入せざるを得なくなり、保険会社もニンマリですよ。
TPPが発効したら、政府は、医療費抑制のために、3つの選択肢を示すでしょう。
▽皆保険維持のために、薬価は全額自己負担
▽自己負担率を8割に引き上げ
▽診療報酬の引き下げ――。
診療報酬が下がれば、儲からない病院は潰れ、医師は米国と同じように、利益を意識して患者を選ばざるを得なくなる。
最終的に、シワ寄せは私たちにきます。
――安倍政権が取り組む国家戦略特区で、大阪は、医療分野の規制緩和に向けて動き出しています。
大阪だけではすみません。
特区内に本社を置けば、特区外でも同様の医療サービスを展開できる。
事実上の自由診療解禁です。
マスコミは、TPPを、自由化というスタンスで報じていますが、TPPの実態は独占。
国内産業保護のために規制していた、参加国のルールは自由化されますが、製薬会社などが持つ特許や知財権は、彼らの独占状態になる。
1%の人々にとって、TPPは夢。
ロビイストが米議会にバラまいた献金は、100億円を超えましたが、その何百倍もの恩恵を未来永劫得られるのですから、安い投資です。
米国でTPPが批准されない、という見通しは甘い。
実現に向けて、彼らはさらに、札束をまくでしょう。
日本が抜ければ、TPPは発効しません。
年明けの国会が最後の勝負です。
▽つつみ・みか
1971年、東京生まれ。
NY市立大学大学院修士号取得。国連、証券会社などに勤務。
「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」で、黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞。
「ルポ 貧困大国アメリカ」で、日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞。
「政府は必ず嘘をつく」で、早稲田大学理事長賞。
近著に「沈みゆく大国 アメリカ」(2部作)。
アメリカに移住してからそろそろ16年。
いろんなことに驚いたり感心したりがっかりしたりしてきましたが、中でも健康保険の問題については、今なお、なんで?という気持ちが拭えません。
1%の支配を、強烈に感じるのです。
オバマケアというものが、やっとのやっとで始まって、ついにわたしたちにも春が来るかと期待していたのですが、
これから読んでいただく記事の中で、堤氏がおっしゃっているように、なんのこっちゃない、同じようなもんじゃん…な結果に終わってしまっています。
わたしたち夫婦ふたりだけの健康保険の支払い額は、月々10万円。
これでも少しだけ、安くにはなりました。
けれども、結局は、民間の保険会社が指定した病院や医師でないと、治療を頼むことはできません。
そして、パッケージにはいろいろな選択肢があるのですが、どれもこれもがややこしくて、これを移民家族の、あまり英語が堪能ではない家族が、書かれていることをちゃんと把握できるかどうか、非常に疑問です。
英語人の夫でさえ、自分たちに一番合いそうな、というか、コレにするしかないじゃないか、みたいな心持ちで選ぶ作業に、長い時間と手間がかかりましたから。
そしてやっとのことで選んだパッケージが、月々の支払いが10万円のもので、
もちろん、今までと同じく、歯と目の治療には保険が使えませんから、実費での支払いになります。
巷の噂で流れている、虫歯治療に何十万円というのは、実際の話です。
月々の支払いを10万円ぐらいまで下げるために選んだパッケージは、治療費が、例えば25万円を超過すると、その後の治療費は無料(または少額)にしてやるよ、というもので、
だから今年は、せっせと、一昨年からうるさく言われていた検査を、次から次へと受けました。
でも、残念ながら、その最低ラインには到達できず、結局、国から検査を受けるよう指定されているもの以外は、すべて実費になりました。
どんな状況でも、まず必ず行かなければならないのが、プライマリードクターといって、いわゆる一般的な診察をする医者のところです。
その病院に行くと、治療や検査の有る無しに関わらず、必ず窓口で、数千円(うちの場合は4000円)払わなくてはなりません。
症状を診た後、紹介してもらった専門の医者に行くと、もっと高くなります。
おかげさまで、夫もわたしも、これまで深刻な病気というものにかかったことがありません。
腎臓結石でとんでもなく痛い思いをしたことはありますが、薬を数日服用しただけで、後は夫の鍼治療で回復しました。
でも、その極限の痛みの中でも、救急車を呼ぶことを躊躇したこと。
救急医療には保険が利かないという、この恐ろしいシステムが、たくさんの人に痛みや苦しみを余計に与えているのです。
それだけではありません。
躊躇したがために、命を落としてしまった人もいます。
なんでそんなことに躊躇するのだ?と、疑問に思われるかもしれません。
でもそれは、日本の健康保険事情が、いかに恵まれているかの証です。
こんなくそったれな、すでにこの国ですっかり肥えている保険会社の、餌食になるようなことを許してはなりません。
議員にハッパをかけてください。
電話でも事務所の訪問でも、そしてファックスやメールでも、なんでもいいので翻訳して、読んで、討議しろ!と命じてください。
↓以下、転載はじめ
ジャーナリスト堤未果氏 「国民皆保険の切り崩しは始まっています」
【日刊ゲンダイ】2015年12月7日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/170925/1
臨時国会を拒否し、2日間の閉会中審査でTPP審議をはぐらかした安倍政権が、バラマキを始めた。
最も反対の声が大きい農林水産業界を黙らせ、国民が売国条約の全容を知る前に、承認に持ち込もうというハラなのだが、問題は農業だけじゃない。
米国が狙う本丸は、医療分野だ。
その懸念を早くから訴えてきた、この国際ジャーナリストの堤未果氏は、
「国民皆保険制度の切り崩しはすでに始まっている」と、警鐘を鳴らす。
――10月に大筋合意したTPPの全文が、11月にようやく公表されました。
日本政府が作成した、30章97ページの「TPP協定の全章概要」は、かなりはしょっています。
ニュージーランド政府の英文文書は、まったく同じ内容なのに598ページ。
文書を含めた全体では、1500ページ超が215ページに縮められています。
話になりません。
――日本政府が公開したのは、本当の意味の全文じゃないんですね。
私が取材している、医療や食品にとって重要な「知的財産章」「投資章」「透明性及び制度に関する規定章」は、138ページが21ページに圧縮されています。
そもそも、TPPの正文(国際条約を確定する正式な条約文)は、英語、仏語、スペイン語。
域内GDPで、米国に次ぐ経済力のある日本が入っていないことに、なぜ外務省は抗議しないんでしょう?
「不都合な真実」を国民に知られまいと、外務省が正文扱いを断ったんじゃないか、という臆測まで広まっています。
――一般の国民が全容を知るのは、不可能に近いですね。国会議員でも怪しいところですが。
外務省は、英語正文を読み込める国会議員はいない、とタカをくくっているんです。
外務省が都合よく翻訳した「概要」をベースに、いくら審議を重ねても意味がない。
いつものように、手のひらで転がされるだけです。
■TPPの正文翻訳を急がなければ安倍政権の思うツボ
――国会議員がしっかりしないとマズい。
正文に記された内容を、正確に把握した上で、問題点を追及しなければ、承認を急ぐ安倍政権の思うツボ。
日本語の正文がない以上、外注でも何でもして、大至急翻訳する必要があります。
法律には、巧妙な言い回しで、“地雷”を埋め込まれていますから、国際弁護士のチェックも欠かせません。
適用範囲が拡大した、TPPの肝であるISD条項(国と投資家の間の紛争解決条項)は、すべての国会議員が目を通すべきですし、
厚労委に所属する先生だったら、食の安全と医療は最低限押さえるとか、それぞれの専門分野の正文を読むべきです。
こういう時のために、税金から政党助成金が配分されているんです。
30人の国会議員で、1章ずつ翻訳を頼めば、アッという間にできる作業でしょう。
臨時国会が召集されず、審議が本格化する年明けの通常国会まで、時間はあるんですから。
――正文の翻訳をHPなりSNSにアップしてくれれば、一般の国民も内容に触れやすくなります。
そうですね。
まずは全章翻訳ですが、TPPは、付属書と、日米並行協議などの内容をまとめた2国間交換文書の3つで1セット。
法律は、付帯文書に核心を仕込んでいることがままありますし、
TPP参加の入場券と引き換えに、日米並行協議で、非関税障壁を要求されています。
ここで日本がのんだ「譲歩リスト」は、特にしっかり精査しなければなりません。
TPPは、「1%VS99%の情報戦争」。
時間との勝負なんです。
米国でTPPが批准されないという見通しは甘い
――「1%VS99%」とは、どういうことですか?
TPPは、「1%のクーデター」とも呼ばれています。
1%というのは、米国の多国籍企業や、企業の利益を追求するロビイスト、投資家やスーパーリッチ(超富裕層)のこと。
彼らの目的は、国から国家の機能を奪い、株式会社化して、効率良く利益を最大化することなんです。
民営化は、彼らをますます潤わせる手段です。
いま、米国で最も力のあるロビイストは、製薬業界。
彼らが虎視眈々と狙っているのが、日本の医療分野で、30年前から自由化の圧力をかけてきた。
TPPはその総仕上げなんです。
――中曽根政権時代ですね。
86年のMOSS協議(市場分野別個別協議)で、米国から、薬と医療機器の市場開放を求められたのが皮切りです。
その後も、対日年次改革要望書などで、
・混合医療の解禁や米保険会社の市場参入、
・薬や医療機器の価格を決定する中医協に、米企業関係者の参加を要求するなど、
さまざまな注文を付けてきた。
TPPを批准したら、安倍首相の言う通りに、皆保険の仕組みは残りますが、確実に形骸化します。
自己負担限度額を設けた高額療養費制度も、なし崩しになるでしょう。
米国民と、同じ苦しみを味わうことになってしまいます。
――米国では14年にオバマ大統領が皆保険を実施しましたが、そんなにヒドイ状況なんですか?
通称「オバマケア」は、社会保障の色合いが濃い日本の皆保険とは、似て非なる制度。
民間医療保険への加入を、義務付けられたのです。
日本では、収入に応じた保険料を支払い、健康保険証を提示すれば、誰でもどこでも病院で受診できる。
オバマケアは、健康状態によって掛け金が変動する、民間保険に強制加入させられる上、無加入者は罰金を科されます。
オバマケアは、政府に入り込んだ、保険会社の重役が作った法律。
保険会社は、リスクが上がるという口実で、保険料を引き上げ、プランごとにカバーできる医療サービスや処方薬を見直した。
保険料は毎年値上がりするし、米国の薬価は製薬会社に決定権があるため、非常に高額。
日本と同程度の医療サービスを受けられるのは、ひと握りの金持ちだけ。
当初喝采していた政権びいきのNYタイムズまで、保険料や薬価が高騰した、と批判し始めました。
――盲腸の手術に200万円とか、タミフル1錠7万円というのは大げさな話じゃないんですね。
WHO(世界保健機関)のチャン事務局長も、TPPによる薬価高騰の懸念を示していますし、国境なき医師団も非難しています。
「特許期間延長制度」「新薬のデータ保護期間ルール構築」「特許リンケージ制度」は、いずれも後発薬の発売を遅らせるものです。
製薬会社にとって新薬はドル箱です。
TPPによって、後発薬発売が、実質延長されるでしょう。
米国では、特許が切れたタイミングで後発薬を売り出そうとする会社に対し、新薬を持つ製薬会社が難癖をつけて、訴訟に持ち込む。
裁判中は後発薬の発売ができませんから、引き延ばすほど、製薬会社にとってはオイシイんです。
■「TPPの実態は独占」
――HIVや肝炎などを抱える患者にとっては死活問題ですが、日本の薬価や診療報酬は中医協や厚労省が決定権を握っています。
TPPの「透明性の章」と関係するんですが、貿易条約で言う「透明性」は、利害関係者を決定プロセスに参加させる、という意味。
米国は、小渕政権時代から、中医協に民間を入れろと迫っているんです。
TPPでそれを許せば、公共性や医療の正当性を軸にしている審査の場に、ビジネス論理が持ち込まれてしまう。
グローバル製薬業界は、新薬の保険適用を縮小したり、公定価格との差額を政府に穴埋めさせるなどして、皆保険を残したまま高く売りつけたい。
医療費がかさめば、民間保険に加入せざるを得なくなり、保険会社もニンマリですよ。
TPPが発効したら、政府は、医療費抑制のために、3つの選択肢を示すでしょう。
▽皆保険維持のために、薬価は全額自己負担
▽自己負担率を8割に引き上げ
▽診療報酬の引き下げ――。
診療報酬が下がれば、儲からない病院は潰れ、医師は米国と同じように、利益を意識して患者を選ばざるを得なくなる。
最終的に、シワ寄せは私たちにきます。
――安倍政権が取り組む国家戦略特区で、大阪は、医療分野の規制緩和に向けて動き出しています。
大阪だけではすみません。
特区内に本社を置けば、特区外でも同様の医療サービスを展開できる。
事実上の自由診療解禁です。
マスコミは、TPPを、自由化というスタンスで報じていますが、TPPの実態は独占。
国内産業保護のために規制していた、参加国のルールは自由化されますが、製薬会社などが持つ特許や知財権は、彼らの独占状態になる。
1%の人々にとって、TPPは夢。
ロビイストが米議会にバラまいた献金は、100億円を超えましたが、その何百倍もの恩恵を未来永劫得られるのですから、安い投資です。
米国でTPPが批准されない、という見通しは甘い。
実現に向けて、彼らはさらに、札束をまくでしょう。
日本が抜ければ、TPPは発効しません。
年明けの国会が最後の勝負です。
▽つつみ・みか
1971年、東京生まれ。
NY市立大学大学院修士号取得。国連、証券会社などに勤務。
「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」で、黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞。
「ルポ 貧困大国アメリカ」で、日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞。
「政府は必ず嘘をつく」で、早稲田大学理事長賞。
近著に「沈みゆく大国 アメリカ」(2部作)。