この家に引っ越してきてからずっと、隣の空き地(元々はこの家の庭だった)のカエデの爺さんが切り倒されないことを、毎日毎日、一日も欠かすことなく祈ってた。
その祈りと、爺さんのひょうひょうとした生き様が効いたのか、買い取った不動産屋は、この土地を売ることができなかった。
その6年間に、あれやこれやと知恵を絞っては、あれやこれやとやってみた。
わたしが爺さんをどれほど大切に思っているか、彼の写真を何枚も撮っては、この老木を守りたい!という熱い気持ちを書いて、近所の人に送ったり、
その手紙に心から同情してくれた数人のご近所さんと一緒に、町の緑化委員を家に呼んで、なんとかならないものかと相談したり、
ならばあの土地を、いっそのこと公共のものにして、菜園やら子どもの遊び場やらドッグパークやら…などなど、
結局どれも、最後の詰めにまで至ることなく、ああやっぱりどうしようもないのだと、さすがのわたしもあきらめかけていた時、
じゃあ、うちとまうみんちの共同で、この土地を買おうか?と、空き地を隔てたお隣さんのエステラが、申し出てきてくれた。
彼女たちがブルックリンから引っ越してきたのは、今から3年前。
その時も、この共同購入の話を持ちかけてみたのだが、当時は家の改装や庭造りにてんやわんやで、それどころではなかったので、オッケーをもらえなかった。
だから今回も無理だろうと思っていたので、もう嬉しくてありがたくて、外に飛び出てカエデの爺さんに報告した。
それから早1年と1ヶ月。
ひとつの土地を、半分こして買うということが、これほど面倒で難儀なことだとは…。
まず、不動産屋がなかなか承諾してくれなかった。
まあ当たり前か。
これまでこの土地にかかる税金(それも、この地域の固定資産税は、全米でも5本の指に入るという高さなのだ)を6年間も払い続けた挙句に、
家を建てるでもない、そのまんまの土地を、半分ずつ売ってくれというのだから、売りたくない気持ちがわからないでもない。
弁護士に中に入ってもらい、何ヶ月もかかってやっとのことで承諾を得たのが半年前。
それから土地の測量やなんかの事務的な手続きを経て、なぜか最後は、買い手の我々が、「このたび、うちとエステラんちで、この土地を買うことになりました」というお知らせを書いた紙を封筒に入れ、町から指定された送り先に送らなければならなかった。
送り先は、近所の住民40軒ほどと、公共事業の会社12軒。
初めてのことだから丁寧に書いていたら、なんと3時間もかかってしまった。

その間に、これまたなぜか、市の新聞社に、土地はもう売れましたという広告を出さねばならなかった。
でもいいや。
これで最後だもん。
そう言い聞かせながらやり終えて、後は市議会に行って、許可をもらったらいいだけだと、わたしたち4人はその日を楽しみに待った。
それが先月の第三火曜日。
皆それぞれが、自分の仕事を早めに切り上げて、いそいそと議場に向かった。
これまでずっと、細々とした事務的な作業を一手に引き受けてくれたエステラは、事務官の女性とすっかり親しくなっていて、
その彼女から、「やっとこの日が来たね。よかったね」と、声をかけてもらっていた。
だからわたしたちは、余裕綽々、これが終わったらお祝いだ〜などとささやき合いながら、ほっぺたを緩ませて座っていた。
すると、一人の議員が近づいてきて、
「ちょっと悪い知らせがある」…と言うではないか!
「いや、これは、誰のせいでもないんだけどね」
「…?」
「ほら、ここ、ゾーニングの図面の枠取りにミスがあって」
「ミスがあってって…これ、プロの技術屋さんが書いたものでしょ?」
「うん、まあ、そうなんだけどね」
「だからどうなるんですか?」
「ミスがあるまま今日の議題に上げることができないので、採決することも当然できない」
「えっ?」
「もう一度、一からやり直して、来月また来てもらえないだろうか」
「もう一度一からって…図面やら宛名書きやら広告やら、そういうの全部のことですか?」
「そうです。まあ、図面を修正したら、新しい情報ということになるから」
「そうですって…そんな…わたしたちは何も間違ったことをしていないのに」
「だから、誰のせいでもないから」
「いや、わたしたちのせいではないけれども、図面を書いた人が間違ったせいでしょ?」
「…」
「またあの宛名書きをしなければならないなんて…それに、費用はどうなるんです?」
「それはまあ、そちらが負担してください」
プンプンプンプン、頭のてっぺんから湯気を出しながら議場から出て、それでも収まりがつかなかったので、近所に新しくできたレストランに行って食べたら、
どれもこれも超〜しょっぱい!
どんだけ塩入れてんねん!
と、踏んだり蹴ったりの夜だったのだけど、その日から一ヶ月後の今日、やっと無事に認可された。
しみじみと嬉しかった。
だけど現実は厳しい。
所有する土地が増えるのだから、固定資産税がまた上がる。
そして、これまでの弁護士や技術士に支払ってきた、あるいは支払わねばならない費用もバカにならない。
貯金を引き出して土地代に回したら、それが収入だと見なされて、所得税まで上がってしまうわ、オバマケアから外されるわ、
そりゃまあ、持ってたお金なんだから、所得に違いないけれど、そのお金は右から左、我々の手の上に1秒たりとも乗らないまま、すっかり消えてしまったのに…。
なんか納得いかない…。
どっかの議員たちみたいに、白紙領収書詐欺でもやりたい気分だ。
と、もうマジで踏んだり蹴ったりの年になってしまったけれど、カエデの爺さんを救えた。
まあ、なにはともあれ、草ぼうぼうの空き地は、今じゃ半分だけきれいに芝が刈られてる。
もちろん、きれいな方がエステラとロバートの庭。
いつか、わたしたち4人のアイディアを寄せ合って、のんびり過ごせる空間を作れたらいいなあ…。
ロバートはケニアの、エステラは生粋のニューヨーカーの、夫はペンシルバニアの田舎風の、わたしは日本の、
それぞれの思い出や、心に刻み込まれた風景が、其処此処に見られる庭ができたら楽しいかも。
なんて想像できることがどれだけ幸運か…ご近所に恵まれるということは、本当にありがたいことだ。
その祈りと、爺さんのひょうひょうとした生き様が効いたのか、買い取った不動産屋は、この土地を売ることができなかった。
その6年間に、あれやこれやと知恵を絞っては、あれやこれやとやってみた。
わたしが爺さんをどれほど大切に思っているか、彼の写真を何枚も撮っては、この老木を守りたい!という熱い気持ちを書いて、近所の人に送ったり、
その手紙に心から同情してくれた数人のご近所さんと一緒に、町の緑化委員を家に呼んで、なんとかならないものかと相談したり、
ならばあの土地を、いっそのこと公共のものにして、菜園やら子どもの遊び場やらドッグパークやら…などなど、
結局どれも、最後の詰めにまで至ることなく、ああやっぱりどうしようもないのだと、さすがのわたしもあきらめかけていた時、
じゃあ、うちとまうみんちの共同で、この土地を買おうか?と、空き地を隔てたお隣さんのエステラが、申し出てきてくれた。
彼女たちがブルックリンから引っ越してきたのは、今から3年前。
その時も、この共同購入の話を持ちかけてみたのだが、当時は家の改装や庭造りにてんやわんやで、それどころではなかったので、オッケーをもらえなかった。
だから今回も無理だろうと思っていたので、もう嬉しくてありがたくて、外に飛び出てカエデの爺さんに報告した。
それから早1年と1ヶ月。
ひとつの土地を、半分こして買うということが、これほど面倒で難儀なことだとは…。
まず、不動産屋がなかなか承諾してくれなかった。
まあ当たり前か。
これまでこの土地にかかる税金(それも、この地域の固定資産税は、全米でも5本の指に入るという高さなのだ)を6年間も払い続けた挙句に、
家を建てるでもない、そのまんまの土地を、半分ずつ売ってくれというのだから、売りたくない気持ちがわからないでもない。
弁護士に中に入ってもらい、何ヶ月もかかってやっとのことで承諾を得たのが半年前。
それから土地の測量やなんかの事務的な手続きを経て、なぜか最後は、買い手の我々が、「このたび、うちとエステラんちで、この土地を買うことになりました」というお知らせを書いた紙を封筒に入れ、町から指定された送り先に送らなければならなかった。
送り先は、近所の住民40軒ほどと、公共事業の会社12軒。
初めてのことだから丁寧に書いていたら、なんと3時間もかかってしまった。

その間に、これまたなぜか、市の新聞社に、土地はもう売れましたという広告を出さねばならなかった。
でもいいや。
これで最後だもん。
そう言い聞かせながらやり終えて、後は市議会に行って、許可をもらったらいいだけだと、わたしたち4人はその日を楽しみに待った。
それが先月の第三火曜日。
皆それぞれが、自分の仕事を早めに切り上げて、いそいそと議場に向かった。
これまでずっと、細々とした事務的な作業を一手に引き受けてくれたエステラは、事務官の女性とすっかり親しくなっていて、
その彼女から、「やっとこの日が来たね。よかったね」と、声をかけてもらっていた。
だからわたしたちは、余裕綽々、これが終わったらお祝いだ〜などとささやき合いながら、ほっぺたを緩ませて座っていた。
すると、一人の議員が近づいてきて、
「ちょっと悪い知らせがある」…と言うではないか!
「いや、これは、誰のせいでもないんだけどね」
「…?」
「ほら、ここ、ゾーニングの図面の枠取りにミスがあって」
「ミスがあってって…これ、プロの技術屋さんが書いたものでしょ?」
「うん、まあ、そうなんだけどね」
「だからどうなるんですか?」
「ミスがあるまま今日の議題に上げることができないので、採決することも当然できない」
「えっ?」
「もう一度、一からやり直して、来月また来てもらえないだろうか」
「もう一度一からって…図面やら宛名書きやら広告やら、そういうの全部のことですか?」
「そうです。まあ、図面を修正したら、新しい情報ということになるから」
「そうですって…そんな…わたしたちは何も間違ったことをしていないのに」
「だから、誰のせいでもないから」
「いや、わたしたちのせいではないけれども、図面を書いた人が間違ったせいでしょ?」
「…」
「またあの宛名書きをしなければならないなんて…それに、費用はどうなるんです?」
「それはまあ、そちらが負担してください」
プンプンプンプン、頭のてっぺんから湯気を出しながら議場から出て、それでも収まりがつかなかったので、近所に新しくできたレストランに行って食べたら、
どれもこれも超〜しょっぱい!
どんだけ塩入れてんねん!
と、踏んだり蹴ったりの夜だったのだけど、その日から一ヶ月後の今日、やっと無事に認可された。
しみじみと嬉しかった。
だけど現実は厳しい。
所有する土地が増えるのだから、固定資産税がまた上がる。
そして、これまでの弁護士や技術士に支払ってきた、あるいは支払わねばならない費用もバカにならない。
貯金を引き出して土地代に回したら、それが収入だと見なされて、所得税まで上がってしまうわ、オバマケアから外されるわ、
そりゃまあ、持ってたお金なんだから、所得に違いないけれど、そのお金は右から左、我々の手の上に1秒たりとも乗らないまま、すっかり消えてしまったのに…。
なんか納得いかない…。
どっかの議員たちみたいに、白紙領収書詐欺でもやりたい気分だ。
と、もうマジで踏んだり蹴ったりの年になってしまったけれど、カエデの爺さんを救えた。
まあ、なにはともあれ、草ぼうぼうの空き地は、今じゃ半分だけきれいに芝が刈られてる。
もちろん、きれいな方がエステラとロバートの庭。
いつか、わたしたち4人のアイディアを寄せ合って、のんびり過ごせる空間を作れたらいいなあ…。
ロバートはケニアの、エステラは生粋のニューヨーカーの、夫はペンシルバニアの田舎風の、わたしは日本の、
それぞれの思い出や、心に刻み込まれた風景が、其処此処に見られる庭ができたら楽しいかも。
なんて想像できることがどれだけ幸運か…ご近所に恵まれるということは、本当にありがたいことだ。