ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

世界の首脳と呼ばれる人たちよ聞け!「Water, Not Weapons」

2017年05月18日 | 世界とわたし
武器や戦車を使い、人や町や文化を殺すことで、問題は何も解決しない。
 農業の復活、そのための用水路の建設こそが、アフガン復興の礎である。


Water, Not Weapons

戦乱と干ばつが続くアフガニスタン。
この地で、干ばつと闘い続けてきた医師・中村哲(69)。
始めたのは、用水路の建設。
渇いた大地に、再び緑を取り戻すまでの、15年の記録です。

アメリカ同時多発テロから15年。
今も戦乱の続くアフガニスタンで、干ばつと闘う日本人がいる。
医師・中村哲(69)。

「武器や戦車では解決しない。農業復活こそがアフガン復興の礎だ」

中村は白衣を脱ぎ、用水路の建設に乗り出した。
15年たったいま、干ばつの大地には緑がよみがえり、人々の平穏な営みが、再び始まろうとしている。
戦乱の地アフガニスタンに、必要な支援とは何か。
 15年にわたる、中村の不屈の歩みを通して考える。


↓以下の青文字の部分をクリックすると、きれいな画像で観ることができます。

はじめの部分だけをキャプチャしました。
ぜひこの、50分のビデオを、多くの方々に観ていただきたいと思います。


2011年9月11日の朝、私は、アメリカがテロ攻撃を受けたというニュースを、ジャララバードからの緊急電話で聞いた。


テレビのニュースは、いつもはすっかり無視している国の名前、アフガニスタンを連呼し始め、

ブッシュ大統領は、アメリカの国民に向けて、最強の国アメリカは、テロリストを倒すべく、直ちに反撃に出ると宣言した。


そして激しい攻撃が始まり、アフガンの人々の命や町が、激しく破壊されていった。
とてつもなく悲しい出来事だった。

日本人医師の中村氏は、アフガニスタンでずっと、人々の治療に当たってきた。

2001年の歴史的な干ばつで、アフガニスタンの農業は、膨大なダメージを受けた。

それに伴う飢餓によって、大勢の人たちが亡くなっていった。

中村医師:
医者を100人連れてくるより、水路一本造った方がいいんですよね。

中村氏は白衣を捨て、乾いた大地に水を運ぶ、水路建設の実行に乗り出した。


アメリカのヘリコプターが、彼らが働いている区域の空を、何度も飛び交っていた。

重機も機材も無く、砂埃にまみれ、重い砂袋を担いでいかなければならなかった。

何もかも人力での、とてつもなく大変な作業だった。


そして16年が経ち、この乾いた大地は、

緑が豊かに茂る草原に生まれ変わった。

これは、今も続く戦火の中で焼かれるアフガニスタンで、水路建設一筋に励む、医師中村哲の物語である。

水、武器ではなくて
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