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映画『機動戦士ガンダムUC』

2014-05-24 22:50:40 | Weblog

昨日、一昨日の肌寒さ解消。一気に夏気分・・・。


・・・という訳で、肌寒い昨日の金曜日。
仕事のハネた相方と、映画『機動戦士ガンダムUC』を観に隣市へ。


機動戦士ガンダムと言えば・・・。

『アムロ!行きま~~~す。』

『オヤジにもぶたれたことない!』

『坊やだからさ・・・。』

・・・の名?ゼリフとともに、1970年代のロボット系アニメーションの変革の第一弾として、たぶん、アニメーション史に燦然と輝く作品であると思う。

・・・それまで・・・、ロボットアニメといえば、合体だとか、なんとかビームだとか、ナントカ砲だとか・・・そんなメカニカルな部分だけ描かれていた。いかにして、敵を倒すか?
そして、それは、子供の世界。

ガンダムは、ちょっと・・・(いや、相当違っていた)。

まず、主人公(アムロ・レイ)は、子供から大人への微妙な少年であり、戦うことに疑問を感じている・・・・

『何故、戦うのか?』

戦いの意味を問うのである。

自分の敵を倒す以外、何も考えていなかったロボット系アニメの主人公は、自らの闘いに意味を問うのである・・・。
それは、のちのエヴァンゲリオンへと続く序章でもあった。

人類が、増殖しすぎた地球では、地球のまわりに、ヒトが住むスペース・コロニーを建設する。
各コロニーは、かつての地球上の国のような自治権を与えられて、暮らしていた。
それでも・・・。
富・権力・人種・・・各々の利害から、オールドアースの地球連邦軍と移民であるジオン公国との間に戦争が起こる。
そして、これまでの人類とは、違う異質の能力をもつニュータイプと呼ばれる人間が、覚醒しはじめた・・・。

人類の進化の過程で、新人類と思われる人種は、旧人種を淘汰する。
ニュータイプが台頭すれば、やがて、人類は、ニュータイプに取って代わられる。
過去に・・・。ネアンデルタール人が、ホモサピエンスに取って代わられたように。

1970年代世界は、『インディゴ・チルドレン(リー・キャロル/ジャン・トーバー:著)』の輩出をみた。オーラの色と人の性格の相関関係の調査の結果、子供達の中に、新たなるタイプを発見した。

奇しくも、ガンダムは、それを予言したような物語でもあった。

それから、四半世紀。
ガンダムは、様々な亜流を生み出した。

正直・・・。
この映画『機動戦士ガンダムUC』は、物語の前後を知らずに見たので、よくわからなかった。

わからないなりに・・・。
たぶん、この物語は、人類の新たなる覚醒の物語なのだと思う。

ニュータイプ。

戦闘ロボットアニメとは、まるで相容れない集合的無意識。
人とその対極を行く機械との融合なのかもしれない。

人と人との物理的障害を越えた『感応』。

全編を通して、スピード感のあるアニメーション。
近未来の世界をあますところなく表現している。
初期で、武器として利用されたソーラ・レイは、原発事故後の新たなるエネルギー資源としての太陽光発電を、予感させるには、充分な発想でもあった。

なにより、ガンダム創世記より、格段に進化した画像処理技術。
初期より踏襲されているキャラクターデザインを担当された安彦良和氏の美しい人物デザイン。

次回作『オリジン』の公開が待たれる。