友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

ダリに心酔

2007年06月05日 23時19分07秒 | Weblog
 名古屋市美術館で開かれている『ダリ展』を見てきた。
 『ダリ展』が日本で開催されたのは今度で3回目だと思う。第1回は1964年で、私は大学1年だった。この時はわずか1週間の開催で、すぐ京都し美術館へ移ってしまった。私が最初にダリの作品を見たのは小学校の高学年の時で、兄が購買していた『LIFE』に掲載された写真だった。その作品は「内乱の予感」だったと思う。青い空、崩れた顔、ごつい手に握られた乳房、骨が突き出た足、遠い山々、それらの景色は子どもの私にも強烈な印象を与えた。私は美術を専攻することになって、何の躊躇もなくダリを目指そうと思った。第2回目は1982年で、東京の次は大阪だったので見ることができなかったが、たまたま古本屋でこの展覧会のカタログを目にしたのですぐに買った。

 今回の『ダリ展』は名古屋市美術館なので、どんな作品が並ぶのかと不安と期待があった。というのは、名古屋市美術館は面積が狭いので、ダリのような作品の多い画家の展示には向いていないのではないかと思ったからだ。行ってみてわかったのが、やはり作品の数は多くなかった。この展覧会の前、岡崎市の美術博物館での『シュールリアリスム展』を見たが、展示の仕方はよく似ていた。ダリの作品の全てを見せるというよりも、ダリという画家はどういう画家だったのかを解説する展覧会になっていた。彼の才能とともにどのように変化していったかが、見てわかるようにしてあった。

 ダリは20代の頃はキュービズムという、ピカソもそうだったように、その時代の先端と思われた絵画を描いていた。その次に、やはり大きな要素になったのはフロイト心理学とロシア革命の波で、これを芸術の分野で開花させようとした人たち、アンドレ・ブルトンを先頭とするシュールリアリスムに仲間入りしていくが、それはダリの思考と嗜好から当然の帰結だったと思う。ここでダリは詩人エリュアールの妻ガラと出会い、「心を射るような瞳の」ガラに一目惚れする。ダリは、本当かどうかは定かではないが、「人糞を塗ってガラの前に現れ、ガラの心を奪った」そうだ。ガラはダリよりも10歳年上のロシア人で、恋多き女性だったようで、ダリと結婚してからも多くの男性とベッドを共にしている。それでもダリは彼女が死ぬまで、「永遠の女神」と称えた。一緒の墓には入らなかったけれど。

 中学1年の孫娘は、わたしの書棚を見ては「パパちゃんはどうしてエロいの?」と聞く。女性の裸の絵や春画の画集も並べられているからだ。説明は難しいので「パパちゃんはエロいんだぞー」と脅してやる。人間はエロい。そのことを彼女がわかるようになるまで、もうすぐだ。でも本当にわかるにはまだ少し時間がかかるかもしれない。
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