見えない次元のことばかりでなく 見えるリアル三次元の変容推移も
極めて重要である。
如何に正しくとも見えない事象にうつつを抜かしていては自然量子器械として
創造の神には申し訳が立たない。
『今』あるそれぞれの個々心身 これほど大切なものはないからである。
大きな意味でクラインのフラクタル融合生命体であるから
すべてが一蓮托生 切り捨てるものなど何もない。
とはいえ 大クライン環は『無』乃至『無限』においては至高完璧であるが
諸所局面では正反離合は自然端末の命運でもある。
自然量子の使徒たる『人』は能々(よくよく)五感の機能を凝らして
自然量子に照らし観極めねばならないのである。