リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

2002年春,手紙 (9)

2005年01月03日 09時42分28秒 | 随想
 私が79年に会いに行ったときの彼の印象は、形式張らずざっくばらんだが、何か鋭く尖ったものも併せ持っている感じだったという風に記憶している。彼の自宅のレッスン室に入るとまだ前の人がレッスン中だったが、レッスン曲の和音についていきなり私に質問して来て面食らったものだ。レッスンが終わったあと話をしていて急に話がとぎれ、なぜか鋭い目つきでこちらを見て沈黙したこともよく覚えている。どんな内容を話していて、どういう理由で話がとぎれたかはもう覚えていないが。その後20何年の間に、彼の身に何が起こったか、また彼がどう精進したかはわからないが――彼の演奏の円熟ぶりから推測するにそれは人並みはずれたものだったろう――そのときの彼には言葉ではいいあらわせないようなとてもおだやかで人を暖かく包み込むものが漂っていた。これが、彼が優秀な教師でもあることの秘密である、とそのとき思った。