リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

加賀乙彦著「湿原」の読後感想文

2022年10月05日 15時07分32秒 | 音楽系
ひょんなご縁で加賀乙彦著「湿原」を読みました。上下巻で1000ページを超える大作だけに読むのに一か月以上もかかってしまいました。鱈腹食べたあとですので今はちょっと軽い感じで宮部みゆき編の松本清張傑作短編コレクションをかじっています。

湿原は60年代後半学生運動が荒れ狂っていた頃から70年代にかけての日本が舞台です。小説はとても重厚な筆致で進められますが、決してエンターテイメント性を捨てているわけではなく、ストーリーが次々に展開されていき、読者を飽きさせることはありません。姫路市美術館で野田弘志の連載小説挿画集を見てすでにこの小説の世界観に浸っていましたのでストーリーにぐいぐいひきつけられました。

60年代後半以降は私もよく知っている時代ですが、小説を読むととてもその時代性が生々しく迫って来ると同時に、ひとつの歴史としての時代性も見ることができました。この時代を知らない人がこの小説を読むとどんな感想になるのでしょうか。もっとも加賀乙彦という作家は今の新しい世代にはあまり読まれていないかもしれませんが。

ストーリーの中で特に興味深かったのは、ヒロインの池端和香子が獄中で差し入れされたピアノの楽譜を読む下り。和香子は音楽の才能がありかなり達者にピアノを弾くことができるという設定になっています。頭の中でベートーヴェンやモーツァルトの音楽を再現して不当に投獄されたときを過ごす場面が何度も出てきました。結構渋い曲が多く、作者はきっとクラシック音楽に造詣が深いのだろうということが想像されます。

もし私が不当に逮捕!?されたら何を獄中にに持っていきましょうかねぇ。(笑)やっぱりヴァイスのロンドン写本とドレスデン写本の2冊でしょうか。しばらくは楽器がなくても獄中での時間を過ごせるかも知れません。もっとも独居房でないとゆっくりと読譜できないかもしれませんが。そういや以前歯科治療のときヴァイスのヘ長調の組曲や変ホ長調の組曲を頭の中で再生して気を紛らわせていましたことがありました。もちろん左手も右手もきちんと動かして(イメージでですが)います。ないのは楽器と空気の振動としての音だけです。歯科治療も場合によっては拷問に近いときもありますので、ヒロイン和香子と同じようなことをやっていたのかも知れません。