リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

シェレとシェレ

2022年10月25日 12時42分57秒 | 音楽系
私が今メインに使っているラース・イェンソンのバロック・リュートは、セバスチャン・シェレのモデルです。実は1982年から2005年まで23年間使っていたマティアス・デュルビー作バロック・リュートもシェレモデルです。

この2台、同じシェレモデルではありますが、楽器の性格は両極です。デュルビーの楽器は少し軽めで明るい派手やかな音であるのに対して、イェンソンはきらびやさを持ちつつも全体的に深く落ち着きのあるトーンです。範にした楽器は同じであっても、現代の製作者が異なると全く違う楽器になってしまうわけです。もちろんそれぞれの製作者の中では範にした楽器によってシェレの音、ホフマンの音、ティーフェンブルッカーの音という風に味付けは異なるのでしょうが、それはあくまでもその製作者の音の個性の範囲内です。

楽器製作にとって昔の楽器に範を取るというのは必須事項ではあっても、それだけでいい楽器を作ることはできません。楽器の音を決めるのは数値で見えているもの以外のもの、例えばバスバーの一部をホンの0.何ミリ削ったかとか、接着剤の量を少し少なめにしたとか、昔の楽器を計測した図面からは読み取れない事柄が実は鍵になっているからです。

アマチュアの方で器用な方はリュートを自作したりしますが、オリジナル楽器の寸法を計測した設計図の通り作ってみても音がスカスカでアンバランスな楽器しかできないのは、上記のように図面では書き切れないことこそが重要であるという理由によります。図面通り作るだけで名器ができるのなら今頃世の中名器であふれているはずです。なんか楽譜と演奏の関係に似ていますね。楽譜には音楽の概略が書いてあるだけで、それに命を与えるのは演奏者です。

よくAという製作家が作ったシェレモデルの楽器とBという製作家が作ったホフマンモデルとを比較して、シェレの音はこうだ、ホフマンの楽器はこうで、音がこんな風に違うのだと仰る方がいますが、そういった比較は全く意味がありません。その違いはA製作家とB製作家の個性の違いであり、シェレとホフマンの違いではありません。

そのことは私の2台のシェレモデルの楽器が如実に物語っています。