院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

俳句の韻律談義

2013-07-07 05:11:00 | 俳句
 過日、私的な俳句のサークルで、次のようなやりとりが行われた。俳句の韻律にかかわる大切な論議である。

私:伝統俳句協会の雑誌に投句した私の「新緑の上(へ)に大仏が頭だけ」という句が、「新緑の上(へ)に大仏の頭のみ」と添削されました。格調は高くなったのですが、滑稽味が薄れた感じがします。みなさんはどう思われますか?

A子さん:金子兜太氏の現代俳句では、伝統俳句ほど韻律を重視していません。作者独自の発想、人生哲学が求められます。(だから、「だけ」か「のみ」かはあまり問題にはならない。)

B子さん:「だけ」のほうが面白さがリアルに伝わってきます。「のみ」ほうはきれいですが、どこかひと事的な感じがします。私は「だけ」のほうが好きです。

C子さん:私は「だけ」を使うことを思いつかないほどに「のみ」に慣れてしまっています。柔軟性に欠けていると自戒します。

D男さん:私も「のみ」のほうが格調が高いと思います。それは「上(へ)に」という言い方をしているからです。「だけ」を残すのなら、普通に「上」を「うえ」と読んで、「新緑の上(うえ)大仏が頭だけ」としたらよいと思います。躍動感と滑稽味は、そうしたほうが断然上だと思います。

 以上のような論議は、俳句に興味がない方にはちんぷんかんぷんかも知れない。俳句には、このように微妙な表現の違いにこだわる世界があるのだ、ということを知っていただければ十分である。