院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

天然と人為の区別がないPTSD概念

2013-07-18 05:26:38 | 心理
 結果が同じでも、それが天然のなせるわざであるか人為的なものかで、人間に及ぼす影響は決定的に違う。

 がけ崩れで道が塞がれていても人はさほど怒らないが、誰かがわざとそこに土を盛ったのなら、人は猛烈に怒る。

 そのような違いは昔から刑法や民法にも盛り込まれている。わざとではなく過失で損害を与えたのなら刑罰は軽いが、故意に他人の利益を侵害すると刑罰が重い。被害者にとって、損失の程度はまったく同じであるにもかかわらず。

 人間が天然と人為を区別するのは、ほとんど本能的でさえある。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)は最初、ベトナム帰還兵の精神変調に対して付けられた名称である。PTSDがベトナム側の激しい抵抗によって生じたにせよ、帰還後のアメリカ大衆が帰還兵を犯罪者呼ばわりしたことによって生じたにせよ、いずれも人為的な被害である。

 PTSDはレイプでも起こるとされるようになった。レイプはまだ人為である。ところがやがて、PTSDは自然災害という天然の出来事によっても起るとされるようになった。人為と天然との間には越えられない深い河がある。なのにPTSD概念は、何の思慮も疑問もなくその川を越えてしまった。あまりに安易で杜撰である。だから私は、PTSD概念をどうも信用できないと言ってきたのだ。

(実はPTSD概念は、精神変調をきたしたベトナム帰還兵を経済的に補償するために、政治的に作られてDSM-Ⅲに潜り込まされたという経緯がある。DSM-Ⅲは状態像だけに着目し、原因を問わない診断基準だった。それがPTSDに対してだけは原因を問うているのである。そこにも大いなる矛盾がある。)