Pの世界  沖縄・浜松・東京・バリ

もの書き、ガムランたたき、人形遣いPの日記

通路とは?

2012年10月24日 | 浜松・静岡

 私が住むマンションのエレベーターには小さな掲示板があって、住民にとって必要な連絡はそこで読めるようになっている。工事の連絡とか、町内会のイベントだとか、とくに知らなくても生き死にかかわらないような他愛もない連絡板である。そうわかっていて、仕事帰りの住民は疲れ切った姿で、買い物袋やカバンを片手にそんな掲示板をボンヤリ眺める。そういう私だって、そんな一人である。

 最近、消防署がマンションを点検して、「通路」に置かれた自転車を、消防上の理由から撤去するように指導したらしい。そんなことが几帳面にワープロソフトで作られたお知らせとして貼られていた。作った人間の性格が、こんなプリント一枚からでもにじみ出ているものだ。翌日、その紙の下に誰かの字で「通路の定義とは何か?」みたいな書き込みがされていた。きっと異質な「手書き」文字を誰もが目にしたはずだろう。数日後、その横に「そんなのきまってんだろ」という殴り書きが加えられた。よくある落書きの連鎖みたいなものだ。字体は明らかに違うから、「自作自演」ではない(これが自作自演だったら、私はこの人を探し出して友達申請をするだろう)。この二つの落書きを見たほとんどの人ーー私と書き込みをした二人を除くーーは、おもわず額にしわを寄せるか、何事もなかったように見ないふりをして、それともそんないざこざには巻き込まれたくないと思いながら、エレベーターを降りていったに違いない。

 しかし私はそんな「言葉のやりとり」を見ていると、1960年代後半の新宿駅西口を映し出した白黒のニュース映像が頭によぎるのだ。警察官による「ここは広場ではない。通路である」という理不尽で、抑揚のない無味乾燥なアナウンスとともに、ギターを抱えた若者たちがその怒りの矛先を、権力という「見えない敵」に向けていたそんな時代を思い浮かべるのだ。「広場」は、権力によっていつのまにか「通路」にもなりえる。だから「通路」の定義をすることは、そう簡単じゃない。概念規定なんて、都合のいいように作り変えられものだ。だから、私は自分が住むマンションの「通路の定義」について、真剣に向かいあってしまった。

 きのうエレベーターに乗ると、その「言葉のやりとり」の部分は、丁寧に、きっとカッターと定規を使って、実に美しく切りとられていた(せめてちょっと人間味を出して、ハサミで切ってほしかった)。あの几帳面な「作成者」が処理したに違いない。「何ごともなかった。あれは夢だったんだよ」と数センチほど縮んだ張り紙が呟いている。きっと、住民はいつのまにか、馬鹿げた落書きのことなんて忘れるに違いない。だいたい最初から忘れたかったのだから。しかし、私は、今なお「通路とは?」という問いにふさわしい回答を探し続けながらもまともな答えを引き出せず、悶々とした気持ちで、エレベーターを降り続けている。そして自らの発言が抹消されたカレ、あるいはカノジョもまた、私と同じように、「通路」の問いの深みにはまって、もう「迷路」をさまよっているかのごとく、堂々巡りを繰り返しているに違いない。


寒い朝、爽やかな朝に思うこと

2012年10月24日 | 家・わたくしごと

  朝5時半に目が覚める。昨晩、はじめて布団を一枚増やして休んだせいだろうか、なんだか体がポカポカする。いつものように部屋に外の空気を迎え入れるため、テラスのサッシを全開。この秋一番のひんやりする朝、爽やかな朝。
 昨日、学生に「先生のゼミは面白そうだけど、すぐに役に立たない気がする。やっぱり政策系のゼミの方が将来に向けての提言ができるから。」そんな内容の話をされた。授業と授業の合間の雑談での話だったけれど、なんだかそのことが頭から離れなくて、昨晩は締切の仕事に向いながらも、気がつくとそのことを考えていた。
 「すぐに役に立ちそうかどうか」という基準で研究テーマについて考えたことはなかった。3月まで教えていた大学で、今すぐ社会の役に立つかどうか、という観点から研究内容を選ぶ学生なんて聞いたこともなかったからだ。でも、はじめて自分の大学が「文化政策学部」であることを強く認識した。
 「好きなことをやればいいんですよ。」と私は答えたと思うし、別に動揺したわけではない。その通りだ。役に立つかどうかじゃなくて、好きなことに取り組むこと。それにしても、なんてしっかりした学生なんだろうと感心してしまう。私が教える音楽学は「今、社会を変えるための提言」をするわけじゃなし、「社会の仕組み」を変える学問じゃない。でも、そんな社会や文化に取り組む政策にとっても、音楽学的な研究はいつかきっと、そんな政策に貢献することもあると思うよ。
 そんなこと、肌寒いベランダに出てぼんやり考えた。「ふーん」って首を縦に小刻みに振ってみた。なんだか、ちょっとだけ楽しくなってきたよ。いろいろな学生がいて、いろいろなことを教えてくれる。
 「今週の締切の仕事が終わったら、もっと、もっと楽しくなれるよ。楽になれるよ。」(誰だー、そんなこというやつは!)