いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

小沢代表無罪。 the verdict of not guilty

2012-11-20 19:55:02 | 日記
 (1)「言った」、「聞いていない」の証拠不在の世界に検察を引きずり込んでの元民主党代表・幹事長(現、生活代表)の政治資金規正法違反(虚偽記載)裁判は、強制起訴裁判での無罪が確定した。
 4年近い捜査、不起訴処分、強制起訴裁判は、元民主党代表・幹事長の思惑どおりの展開で同氏の事件関与は最終無罪(the verdict of not guilty)となった。

 自ら代表の政治資金管理団体の4億円の巨額の政治資金の出入りについて、代表本人が「知らなかった」として同報告書への不実記載について一切関与していないと主張し、当時秘書の「言った」には「聞いていない」とそもそも証拠不在のステージで責任転嫁(管理責任)をはかった。

 (2)ここでは検察の対応、強制起訴の問題、課題は別にして、国民の付託を受けた政治家が4億円もの巨額の自らの政治資金の出入りを「知らなかった」などと社会通念(social common sense)上許されることもない、理解されることもない論理を平然と展開して裁判無罪で、その政治家失格の政治責任もとらないで今も政党代表として影響力を誇示している。

 政治感覚、責任自覚、良識の精神性に問題があるのか、政治、国民、社会をナメているとしか思えない。これは、国民、社会の責任でもある。

(3)強制起訴裁判で無罪確定判決を受けた同氏は、報道によると「淡々とした表情」で「公正な正しい司法の判断が確定し、どんなときでも励ましてくれた多くの国民の皆さんに感謝した」と語った。
 4億円の巨額の政治資金隠しに関与しないという、普通常識の社会通念上あり得ない無責任さについてどれほどの「多くの国民の皆さん」が「励まし」理解を示したのか、これもまったく厚顔無恥というしかないが、法定責任は無罪となったが仮に秘書にまかせたとしても、代表としてのその巨額政治資金の管理責任、政治責任は重いものだ。

 とても本人が言う「政治家、人間としての人生を自信と誇りを持って」いけることが許される実情、社会常識、通念ではない。

 (4)無罪確定判決を受けてこの4年近くの無実を主張し、疑われての「大変厳しい試練の月日」という屈辱(humiliation)に対して、当然の怒りをぶっつけるかと思っていたが、「淡々」としていたのは政治家、人間性のよく出来た証しなのか。または、心の隅のどこかにその社会的、政治的責任を少しは自覚していたのだろうか。

 (5)問題は終わっていない。仮にこういうことが許される政治資金規正法は見直されなければならない。政治家の金銭感覚、資金管理、倫理観は、国民の常識、社会通念から逸脱してはダメだ。
 これからの12月の解散総選挙の機会で国民の良識ある判断、審判が必要だ。

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