(1)衆院解散権は天皇の国事行為だが事実上首相の判断に委ねられるのだから、「火種」はそこにある。自民党内から後押しするように解散風が吹き出すが、岸田首相周辺からの思惑が強く反映しているものだろう。岸田首相は今国会中の解散を考えていたと思う。
(2)岸田首相も昨年の内閣支持率の低迷から今年に入って防衛費増額、少子化対策倍増の指針を打ち出して、5月のG7広島サミットでG7首脳一同が原爆資料館を訪れ、慰霊碑に献花することがインパクトとなって、内閣支持率も上昇を見せて俄然今国会中の解散総選挙が現実のものとなって捉えられて、岸田首相の発言も徐々に解散に向けての含みを持たせる発言に替わり関心を集めた。
(3)与党自民党としては内閣支持率が上昇をみせているうちに野党の選挙体制も十分でないうちに解散総選挙を実施して安定政権につなげたい意向もあり、解散期待の声も高かった。岸田首相としては党内最大派閥の安倍派が安倍前会長の死後、後継者が決まらない、決めれないうちに解散総選挙で自らの党内基盤を強めたい、固めたい思惑も考えられた。
(4)国会の空気も今国会期間中の解散総選挙実施の流れができていたようにみえるが、結局は最後は今国会での解散はないと岸田首相が明言して何事もなく通常国会は予定通りに会期を終了する。直前の10増10減を巡る東京選挙区の自民と公明の候補者擁立の対立による選挙協力破たんが解散判断に影響したとみられている。
(5)もちろん衆院議員の任期がまだ半分以上も残っている中での解散に否定的な意見もあり、防衛費増額、少子化対策倍増の増税財源問題も先送りして決めれない岸田政権、政治への国民の批判、一方で昨年の安倍元首相の国葬、反撃能力(敵基地攻撃能力)、防衛費増額を岸田首相の独断専行で決めるやり方が国民の反発を受けており、配慮したとも考えられる。
(6)国民が嫌う決めれない政治の中で国会終盤では岸田首相がさんざん解散に含みを持たせた発言が続きながら、岸田首相は解散総選挙を考えていたとは思うが、結局は解散を断念して(断念させられて)岸田首相の決めれない政治判断が出た解散をしない判断だった。
(7)弱小派閥の岸田派会長としてはG7広島サミット成果で内閣支持率が上昇しているうちに解散総選挙を実施して党内基盤を強めて来年9月の党総裁再選に打って出て長期政権を目指す思惑は十分あったと思われる。
何かと決断が遅いと批判される岸田首相の政治姿勢が時間をかけることによって自ら立場、影響力を弱める側に働いた解散をしない、できない側に追い込まれた結末だった。
(8)直近の世論調査では、岸田首相の息子の首相秘書官の更迭の遅れなどを理由に内閣支持率が前回調査から12ポイント下落して33%に一気に落ちた。解散をしない判断の岸田首相も肌で感じ取っていたのだろう。