ひびレビ

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伝えたい言葉と相手

2016-01-26 08:10:50 | 日々の生活
意識高い系社長の挨拶文 カタカナ英語が多すぎて何を言っているかわからないと話題に

 確かに私には何を言っているかさっぱりですけども、それをカタカナ英語が多すぎるせいと捉えるのもなんだか違う気もします。カタカナ英語が増えているんだったら、それを覚えようとする努力も必要でしょう。

 そもそも万人に理解してもらう文章というのは難しいことだと思います。カタカナ英語のみならず、日本語でも間違った使い方をしている場合もありますし、単語はきちんと使えていても敬語がおかしい場合もある。理解してもらうことも重要ですが、誰に伝えたいかもまた重要だと感じます。

 例えばカタカナ英語でなくとも、「薔薇」や「憂鬱」なんかは難しい漢字ですが、難しいが故に広まっていて、「書けないけど読めて、何となく意味も分かる漢字」の代表格ではないでしょうか。カタカナ英語は「読めるけども意味が分からない」言葉ですから、それと似ている部分を感じます。
 分かっていて使う分にはいいとして、中途半端に分かっているフリをして、「何となく」でその単語を使うのが一番危険なんだと感じます。「書けるつもりでいて、間違っている」というのももちろんですし、「噴飯もの」のように意味を間違えて把握しているのも危険です。てっきり「怒っている」という意味だとばかり思っていました・・・多分「憤慨」と混ざったのでしょう。
 
 時にはターゲットを絞り、時にはより多くの人に自分の言葉を伝える。いずれの場面においても、言葉の意味をしっかりと把握したうえで使うことが必要なんだなと感じる今日この頃です。「及び」と「および」、「お誘いの上」と「お誘いのうえ」とか、難しくなくても漢字の使いどころには悩まされますしね・・・
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