温泉クンの旅日記

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野地温泉 (2)

2013-07-21 | 温泉エッセイ
  <雲上の湯めぐり宿(2)>

 剣の湯、鬼面の湯と二つでたっぷり汗を流したので、ロビーの目立たぬところに設置してある冷水で水分補給をしてから部屋に戻った。



 山の冷気を入れるために、出掛けるときに閉めておいた窓を開けると、持ち込んだ酒をザックから取り出し呑み始めた。

 食堂で山菜メインの夕食を食べ終えると、その足で「千寿の湯」にいそいそと向かう。
 もちろん、食事時でも商売道具(そんなわけはない)のタオルは常に持参している。なにしろ、食事時間は風呂を独占するには狙い目なので、早めの時間帯を選択しておいた。



(よしよし、入り口に男性の表示が出ているぞ)
 思ったとおり、更衣室には誰もいない。
 浴衣を脱ぎすてると、浴室に入って思わず息を呑む。



 外の陽が完全に落ち切っていないが、夕暮れの煌めきが浴室に静かに忍びこみ灯の柔らかな黄色い光に寄り添って、なんとも幽玄とも幻想的ともいえる趣だ。
 湯口から注がれる源泉の音ばかりが浴室を支配している。

 ここは、わたし好みの内風呂である。
 足裏が喜ぶ板敷きの床に、源泉をたたえた枡形の浴槽が三つわたしを待って静かに並んでいる。
 溜息混じりに、しばし見とれてしまう。

 いかん。入浴しにきたのだった。こんな余裕をかましている場合ではない。
 誰もいないから、とりあえず手前の浴槽から順にいってみる。
 浴槽ごとにすこしずつ湯温が違う。手前と二番目は長湯ができる温度であった。



 奥の、湯口のある浴槽の湯温が一番高く、丁度その熱さが切り上げるタイミングを教えてくれるのだった。

 次の日の早朝にまた千寿の湯を訪れてみた。
 朝の光に満たされて、幽玄さは姿を消していたが味わい深い雰囲気である。



 昨夜とは順番を変え、湯口のある一番温度が高い浴槽に向かい、掛け湯をしっかりするとゆっくりと身を沈める。



 生まれたての源泉がまだ起ききっていない身体の隅々に沁みわたる。
 浴室に響きわたる湯口から落ち込む水音のほかに、今朝はかすかに鳥の鳴き声が混じっている。
 茹だりそうになり、浴槽から出ると窓際にある板張りの長椅子で涼むことにした。



 細かな網が張られた窓の向こうには、湧き出る源泉が湯煙りを勢いよく吹きあげている。





 どうやら、わたしはこの風呂が一番気にいってしまった。


  ― 続く ―

  →「雲上の湯めぐり宿(1)」の記事はこちら


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