温泉クンの旅日記

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読んだ本 2012年1月

2012-02-01 | 雑読録
  <読んだ本 2012年1月>

 松の内も過ぎて凍えるような寒い日だというのに、三島大社の人出はかなりのものだった。
 ここは古くから伊豆国一の宮として栄え、源頼朝が源氏再興を祈願し成功したことでも知られている。



 祭神は大山祇命(おおやまつみのみこと)と積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)の二柱、総じて三嶋大明神と称している。大山祇命は山森農産の守護神、事代主神は俗に恵比寿様と称され福徳の神である。

 大社近辺の駐車場はいっぱいで、はるか離れた駐車場に車をとめて参拝する。



 昨年の初詣は、鹿島神宮にいった。
 今年もどこかへいこうといろいろ迷った末に三島大社に決め、最初の三連休に早起きして向かったのである。
 大社の周りには鰻屋が多かった。前に行った老舗の「桜家」も大社の近くにあると、宣伝の大きな看板を見て知りちょっと吃驚する。

 さて昼飯だが、すこし足を伸ばして中伊豆まで行ってしまおう。
 そう、ひさしぶりにオリーブのガーリックピラフが食べたい気分なのだ。



 こいつ、コイツ。



 一年に最低一回はこいつを食べないとどうにもいけない。



 今日のはほんのちょいとだけ薄味だが、いつ来て食べても満足する味だ。

 この日の夜に高熱を発して三日間下がらず、平熱に戻ったらそれから一週間胃腸炎を患ってしまった。
 だから「断酒宣言」を高らかにすることなく、いつもの「ラマダン」に入ってしまったのである。

 さて、読んだ本ですが、新年1月は6冊でした。

 1.○海辺のカフカ(下)        村上春樹 新潮文庫
 2.○鬼平犯科帳4           池波正太郎 文春文庫
 3. ◎スリーピング・ドール(上)    ジェフリー・ディーバー 文春文庫
 4. ◎スリーピング・ドール(下)    ジェフリー・ディーバー 文春文庫
 5. ○運命の人1            山崎豊子 文芸春秋
 6. ○運命の人2            山崎豊子 文芸春秋

「海辺のカフカ」だが、二人を軸とした話がそれぞれ展開され最終的に交わる。

 ひとつは、主人公である、およそありえないほど博識な中学生を中心としたストーリー。もうひとつが、頭が空っぽで影が薄く字の読み書きのできない、ナカタさんというおじさん中心のストーリーである。ちなみにナカタさんは猫と会話ができるのだ。
 前者はヒトコトで言うと「小難しくて読み辛く」、後者のほうは「面白くて読みやすい」。

  『「ナカタにはむずかしいことはよくわかりませんが、とにかく中野区の中で暮らして
   おりますかぎり、ナカタは道に迷わずにすんでおりました。知事さんにもお世話に
   なりましたし、猫さんたちともうまくやっておりました。月に一度は散髪をし、
   ときどきはウナギを食べることもできました。しかしジョニー・ウォーカーさんが
   出てきましたので、ナカタは中野区にもいられなくなってしまったのです」』


 うみぃ~、ナカタさんてひとは猫と喋れるんだと。だから、迷子の猫探しのアルバイトをしているんだと。こんな猫みませんでしたかって、猫に訊くのがそりゃあ一番の近道だもんなあ。
 あっ、いつのまに寝ちゃってるし・・・おーい、こらあ起きろぉ~。



 でも、お前みたいな無口じゃあ無理か・・・。

 そんなナカタさんはあてもなく西に向かう。字を読めないから切符を買うこともできない。結局ヒッチハイクで向かうことになり優しいトラック運転手の星野青年と知合う。

 ナカタさんと知合い巻き込まれてしまったトラック運転手の星野さんが図書館の受付にいる大島さんに訊く。

  『「じゃあひとつ訊きたいんだけどさ、音楽には人を変えてしまう力ってのがあると
   思う? つまり、あるときにある音楽を聴いて、おかげで自分の中にある何かが、
   がらっと大きく変わっちまう、みたいな」
   大島さんはうなずいた。「もちろん」と彼は言った。「そういうことはあります。
   何かを経験し、それによって僕らの中で何かが起こります。化学作用のようなもの
   ですね。そしてそのあと僕らは自分自身を点検し、そこにあるすべての目盛が一段階
   上にあがっていることを知ります。自分の世界がひとまわり広がっていることに。
   僕にもそういう経験はあります。たまにしかありませんが、たまにはあります。
   恋と同じです」


 「目盛が一段階上にあがる化学作用」、「恋と同じです」とはなんともみごとな表現である。

 大島さんと主人公カフカとの会話。

  『「・・・略・・・。覚えておくといい。人々はじっさいには不自由が好きなんだ」
   「大島さんも?」
   「うん、僕も不自由さが好きだ。むろんある程度までということだけどね」と大島
   さんは言う。「ジャン・ジャック・ルソーは人類が柵をつくるようになったときに
   文明が生まれたと定義している。まさに慧眼というべきだね。そのとおり、すべての
   文明は柵で仕切られた不自由さの産物なんだ。もっともオーストラリア大陸の
   アボリジニだけはべつだ。彼らは柵を持たない文明を17世紀まで維持していた。
   かれらは根っこからの自由人だった。好きなときに好きなところに行って好きなこと
   をすることができた。彼らの人生は文字どおり歩きまわることだった。歩きまわる
   ことは彼らが生きることのメタファーだった。イギリス人がやってきて家畜を入れる
   ための柵をつくったとき、彼らはそれが何を意味するのかをさっぱり理解でき
   なかった。そしてその原理を理解できないまま、反社会的で危険な存在として荒野に
   追い払われた。だから君もできるだけ気をつけたほうがいい、田村カフカくん。
   結局のところこの世界では、高くて丈夫な柵をつくる人間が有効に生き残るんだ。
   それを否定すれば君は荒野に追われることになる」』


 人類が柵をつくるようになったときに文明が生まれた・・・か。ルソーはなんと凄い。

「ダンシング・ドール」はキャサリン・ダンスシリーズで結構面白かったが、やはりリンカーン・ライムシリーズのほうがわたしには合っているようだ。

 
  →「鹿島神宮」の記事はこちら
  →「桜家のうな重」の記事はこちら
  →「オリーブのガーリック・ピラフ」の記事はこちら
  →「読んだ本 2011年12月」の記事はこちら

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