< 夕陽 >
ここだけの話だが(知っているひとは知っていると思うが)、北海道ではミーン
ナが八十キロぐらいで走っている。むろん、一般道である。だから当然、事故も起
きると大きなものが多い。
あ、もともとわたしは冷静沈着だから、飛ばさない人間である。本州の高速道路
では、百十ぐらいの巡航速度でひたすら走る、一般道なら前後の車に合わせる、
そんな性格である。
そんなわたしでも、北海道に渡ると、やはり飛ばしてしまう。前の車が七十キロ
で走っていたりすると、カリカリして「ええい、コノヤロー退きやがれえ」と猛ス
ピードで抜き去る。そうすると変なもので、抜いた車に抜かれるのが絶対許せなく
なり、アクセルをゆるめなくなったりするのである。高速の追い抜き車線をずっと
走っている手合いは、みなそうだ。
ところが去年、スピード違反で捕まってからは、北海道でもおとなしくなった。
七月に捕まったのだが、それ以来安全運転につとめて無違反で一年を越したもので
あった。
今回の北海道旅行の目玉のひとつは、知床のウトロで、オホーツク海に沈む赤い
大きな夕陽をみることである。それもできれば、露天風呂で。
函館についてから新登別で一泊すると、まっすぐウトロに直行するつもりだった
のだが、道東の天気が悪いので、留萌から稚内方面に日本海沿いに北上した苫前で
一泊することにした。ぜんぜん方向違いだが、まあ、いつもそういう旅なのだ。
新築の格安の宿「苫前温泉 ふわっと」。ここで思いがけず、日本海に沈む夕陽
がきれいだった。この宿は夕陽が売りのひとつである。
塩分の濃い温泉の後に、ひさしぶりにマッサージをしてもらいながら「明日は
ウトロで夕陽をみるんだ」といったら、地元のマッサージ師に、
「ええー、お客さん、それはムチャクチャ無理っしょ!こっから、ものすっごーく
ソコって遠いもん!」
と決めつけられてしまった。
(そうか。やっぱり、そうだよな・・・)と思いながらも、持ち前のへそ曲がり
だから(絶対やってやるぜ)とも思うわたしはまだ若いのだろう。
苫前を九時前に出発した。気に入った宿のわりには、すごい早い出発である。
本当はぎりぎりまでゆっくりしていたかった。昨日の「それは無理っしょ」の言葉
が効いているのだ。
ナビをセットすると、ウトロまでは約四百三十キロ。時速八十キロで走れば、
信号やら食事やらガソリンやらなにやらで正味約六十キロだから、休まなければ
七時間ちょっとか。夕暮れが五時ごろとすれば、八時間ある。なんと、まるっきり
無理ではない。
留萌のほうにすこし戻り、左折して士別方面へ向かう。呑みすぎたのか、マッサ
ージか、それとも強塩泉のせいか、すこぶる体調が悪い。
十時に士別(しべつ)の町へはいり、コンビニでトイレとリポビタンで休憩し
た。旭川方面に南下する。
十時四十分、剣淵(けんぶち)温泉「レークサイド桜岡」に立ち寄り湯、四百二
十円。弱アルカリ泉。どうってことないが、具合が悪いので、まあ気分転換にはな
った。
途中、比布(ぴっぷ)を過ぎてから、愛別から上川方面に近道をとる。上川で
三十九号から左折して北見峠のほうへ向かう。峠を通らず、一部完成した高速道路
を利用して白滝町まで出た。
十二時半ごろ、白滝温泉「白滝グランドホテル」で立ち寄り湯、四百円。無色
透明の単純温泉の掛け流しである。タイル張りの十人ぐらいは楽にはいれる深い
浴槽だ。また、近くを通ったらはいってもいい温泉だと思う。
ホテルで教えてくれた白滝町の食堂「たけとんぼ」で、海老ピラフと塩ラーメン
のピラフセットで昼食をとった。
遠軽(えんがる)から湧別(ゆうべつ)、サロマ湖と通る。
(この調子でいけば、あちこち立ち寄り湯をしたけど、なんとかウトロの夕陽に
間に合うぞ・・・はは)
速度計と時計をみながら、なおもアクセルを踏む足に力をいれる。通り過ぎる
右真横の視界に、一瞬イヤなものをみたような気がした。
「あっ、いけない!」
途中で脇の草むらに隠れていた、違反者にレーダーを照射したパトカーが、道の
脇から勢いよく飛び出してバックミラーに現れ、わたしに鋭くサイレンを鳴らし
た。ああ、またもやスピード違反かよ。なんと、これで二年連続じゃないか。
交通課の年配のオマワリさんはニコニコしながら「じゃあ、降りてパトカーに
乗ってください」と揉み手をしながら案内する。アンタの車は八十二キロ走行だから
二十二キロオーバーで、点数が二点、罰金が一万五千円だという。痛い。が、しか
たない。
署名したわたしに「あ、ハンコ持ってる?」と、型どおりの馬鹿な質問をして、
「そんなの持ち歩いていません」とイラついて答えると、
「持ってなかったらさ、ここに左手の人差し指付けてさ、ココんとこに押して」
「あ、押したらさ、そのティッシュ使っていいからさ」
指を拭いて、座席の背中に取り付けられたゴミ袋にいれようとしてビックリし
た。いったい今日この二人は何人捕まえたのだろう。山ほど丸めたティッシュが
はいっていたのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/ab/c80f16082e9b96a8802c53068eed4e3c.jpg)
夕陽までにと、ウトロに急いでまた捕まってもしょうがないので、能取湖(のと
ろこ)のサンゴ草の群落を観光した。けっこう赤くてきれいだった。気分もかわっ
た。もうすこしすれば、もっときれいになるらしい。
夜の帳が半分おりた六時ごろ、ウトロ温泉「ホテル知床」に到着した。本日の
走行は四百十六キロであった。
大きなホテルだ。風呂は内風呂が三十人ぐらい入れる。浴槽が三つに仕切られて
いる。露天は二つに仕切られていて、小さいほうは高温のためはいらぬようにと
書いてあった。大きいほうは二十人ぐらいは大丈夫である。この露天のほうが源泉
掛け流しといった感じでよかった。
夕食は二百から三百人は収容できる会場で、バイキングだった。禁煙だったのが
気に入らないが、まあ今日はいい。
わたしは冷酒を頼み、密かに乾杯した。なぜって、八十二キロで捕まったけれど
も、あのとき確かに百キロ以上で走行していたのだった。パトカーをみた瞬間に
ブレーキを強く踏んだのである。だから被害が軽くすんだのだ、と思う。
待てよ。もうチョイ強くブレーキ踏めば・・・。ああ、やだやだ。
「おー、冷酒! もう一本くれ! 頼む」
ここだけの話だが(知っているひとは知っていると思うが)、北海道ではミーン
ナが八十キロぐらいで走っている。むろん、一般道である。だから当然、事故も起
きると大きなものが多い。
あ、もともとわたしは冷静沈着だから、飛ばさない人間である。本州の高速道路
では、百十ぐらいの巡航速度でひたすら走る、一般道なら前後の車に合わせる、
そんな性格である。
そんなわたしでも、北海道に渡ると、やはり飛ばしてしまう。前の車が七十キロ
で走っていたりすると、カリカリして「ええい、コノヤロー退きやがれえ」と猛ス
ピードで抜き去る。そうすると変なもので、抜いた車に抜かれるのが絶対許せなく
なり、アクセルをゆるめなくなったりするのである。高速の追い抜き車線をずっと
走っている手合いは、みなそうだ。
ところが去年、スピード違反で捕まってからは、北海道でもおとなしくなった。
七月に捕まったのだが、それ以来安全運転につとめて無違反で一年を越したもので
あった。
今回の北海道旅行の目玉のひとつは、知床のウトロで、オホーツク海に沈む赤い
大きな夕陽をみることである。それもできれば、露天風呂で。
函館についてから新登別で一泊すると、まっすぐウトロに直行するつもりだった
のだが、道東の天気が悪いので、留萌から稚内方面に日本海沿いに北上した苫前で
一泊することにした。ぜんぜん方向違いだが、まあ、いつもそういう旅なのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/84/297848c8659eb2ae1fddaabe5a62be04.jpg)
新築の格安の宿「苫前温泉 ふわっと」。ここで思いがけず、日本海に沈む夕陽
がきれいだった。この宿は夕陽が売りのひとつである。
塩分の濃い温泉の後に、ひさしぶりにマッサージをしてもらいながら「明日は
ウトロで夕陽をみるんだ」といったら、地元のマッサージ師に、
「ええー、お客さん、それはムチャクチャ無理っしょ!こっから、ものすっごーく
ソコって遠いもん!」
と決めつけられてしまった。
(そうか。やっぱり、そうだよな・・・)と思いながらも、持ち前のへそ曲がり
だから(絶対やってやるぜ)とも思うわたしはまだ若いのだろう。
苫前を九時前に出発した。気に入った宿のわりには、すごい早い出発である。
本当はぎりぎりまでゆっくりしていたかった。昨日の「それは無理っしょ」の言葉
が効いているのだ。
ナビをセットすると、ウトロまでは約四百三十キロ。時速八十キロで走れば、
信号やら食事やらガソリンやらなにやらで正味約六十キロだから、休まなければ
七時間ちょっとか。夕暮れが五時ごろとすれば、八時間ある。なんと、まるっきり
無理ではない。
留萌のほうにすこし戻り、左折して士別方面へ向かう。呑みすぎたのか、マッサ
ージか、それとも強塩泉のせいか、すこぶる体調が悪い。
十時に士別(しべつ)の町へはいり、コンビニでトイレとリポビタンで休憩し
た。旭川方面に南下する。
十時四十分、剣淵(けんぶち)温泉「レークサイド桜岡」に立ち寄り湯、四百二
十円。弱アルカリ泉。どうってことないが、具合が悪いので、まあ気分転換にはな
った。
途中、比布(ぴっぷ)を過ぎてから、愛別から上川方面に近道をとる。上川で
三十九号から左折して北見峠のほうへ向かう。峠を通らず、一部完成した高速道路
を利用して白滝町まで出た。
十二時半ごろ、白滝温泉「白滝グランドホテル」で立ち寄り湯、四百円。無色
透明の単純温泉の掛け流しである。タイル張りの十人ぐらいは楽にはいれる深い
浴槽だ。また、近くを通ったらはいってもいい温泉だと思う。
ホテルで教えてくれた白滝町の食堂「たけとんぼ」で、海老ピラフと塩ラーメン
のピラフセットで昼食をとった。
遠軽(えんがる)から湧別(ゆうべつ)、サロマ湖と通る。
(この調子でいけば、あちこち立ち寄り湯をしたけど、なんとかウトロの夕陽に
間に合うぞ・・・はは)
速度計と時計をみながら、なおもアクセルを踏む足に力をいれる。通り過ぎる
右真横の視界に、一瞬イヤなものをみたような気がした。
「あっ、いけない!」
途中で脇の草むらに隠れていた、違反者にレーダーを照射したパトカーが、道の
脇から勢いよく飛び出してバックミラーに現れ、わたしに鋭くサイレンを鳴らし
た。ああ、またもやスピード違反かよ。なんと、これで二年連続じゃないか。
交通課の年配のオマワリさんはニコニコしながら「じゃあ、降りてパトカーに
乗ってください」と揉み手をしながら案内する。アンタの車は八十二キロ走行だから
二十二キロオーバーで、点数が二点、罰金が一万五千円だという。痛い。が、しか
たない。
署名したわたしに「あ、ハンコ持ってる?」と、型どおりの馬鹿な質問をして、
「そんなの持ち歩いていません」とイラついて答えると、
「持ってなかったらさ、ここに左手の人差し指付けてさ、ココんとこに押して」
「あ、押したらさ、そのティッシュ使っていいからさ」
指を拭いて、座席の背中に取り付けられたゴミ袋にいれようとしてビックリし
た。いったい今日この二人は何人捕まえたのだろう。山ほど丸めたティッシュが
はいっていたのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/ab/c80f16082e9b96a8802c53068eed4e3c.jpg)
夕陽までにと、ウトロに急いでまた捕まってもしょうがないので、能取湖(のと
ろこ)のサンゴ草の群落を観光した。けっこう赤くてきれいだった。気分もかわっ
た。もうすこしすれば、もっときれいになるらしい。
夜の帳が半分おりた六時ごろ、ウトロ温泉「ホテル知床」に到着した。本日の
走行は四百十六キロであった。
大きなホテルだ。風呂は内風呂が三十人ぐらい入れる。浴槽が三つに仕切られて
いる。露天は二つに仕切られていて、小さいほうは高温のためはいらぬようにと
書いてあった。大きいほうは二十人ぐらいは大丈夫である。この露天のほうが源泉
掛け流しといった感じでよかった。
夕食は二百から三百人は収容できる会場で、バイキングだった。禁煙だったのが
気に入らないが、まあ今日はいい。
わたしは冷酒を頼み、密かに乾杯した。なぜって、八十二キロで捕まったけれど
も、あのとき確かに百キロ以上で走行していたのだった。パトカーをみた瞬間に
ブレーキを強く踏んだのである。だから被害が軽くすんだのだ、と思う。
待てよ。もうチョイ強くブレーキ踏めば・・・。ああ、やだやだ。
「おー、冷酒! もう一本くれ! 頼む」
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