<京都で湯豆腐>
「豆腐百珍」とは、口の中で消えてしまう儚い豆腐を題材に百種の料理を著した江戸時代のベストセラーだそうだが、わたしは酒飲みなのでシンプルな“冷や奴”とか“湯豆腐”が好みだ。
湯豆腐は寒い冬場こそ最高と思えるのだが、仕掛人・藤枝梅安の相棒の、豆腐好きの彦次郎の湯豆腐は梅雨時から始まる。
『彦次郎は、台所へ行き、湯豆腐の支度にかかった。
梅雨どきの湯豆腐は、彦次郎が、もっとも好むものだ。
品川台町の豆腐屋が、毎日のようにとどけてくれる。大根を千六本にして、豆腐と共に煮るのが、彦次郎の湯 豆腐であった。
こうすると、ふしぎに豆腐の味がよくなる。梅安は梅雨どきになると、
「そろそろ、彦さんの湯豆腐がはじまるね」』
池波正太郎著 講談社文庫「梅安冬時雨」<襲撃>の章より
京都の名水(良質で豊富な地下水)でつくられる豆腐は「京豆腐」と呼ばれ、滑らかで口あたりも良く、まろやかな味わいで観光客にも人気がある。
旅先での湯豆腐といえば、温泉湯豆腐を嬉野温泉と湯村温泉(兵庫)食べたことを思いだす。いずれも安価なもので、そこいくと京都の湯豆腐は別格、庶民的にはほど遠く高価である。
京都の飲食店はいまやどこでも禁煙当たり前なのに、繁華街の新京極にある「京極スタンド」はいまだに喫煙できる。大衆食堂のような酒場のような、貴重で不思議な店であり、たまに外国人観光客もみかける。
大っぴらに昼間から呑めるとこなので、京都に行くとたいていは寄ってしまう。
「ここって、『湯豆腐』なんていうメニューあったっけ?」
カウンターの一番奥の席に座り、壁のたくさんのメニューを見回すのも面倒なのでおばちゃんに訊いた。昼時の食堂なのだが、食事をしているひとは少ない。
「ありますよ。もっとも、それほど“ご大層なモノ”じゃありませんけどね」
「では、それと焼酎の水割りを」
無性に豆腐が食べたくなってしまい、スタンドに来てしまった。本当は南禅寺門前あたりの店で湯豆腐を食べたいが、わたしの旅の予算が許してくれない。
「湯豆腐ひと通り」が、大体3,500円から5,500円といったところで、呑めば一番安いコースでも軽く5,000円を超す。「ひと通り」とはなにかというと、湯豆腐に、焚き合わせ、田楽、天ぷら、それにご飯と香の物、高いコースはお造りとかデザートが付いたりする。
たいていの場合、わたしは食事というより湯豆腐で一杯やりたいだけなのだ。
(皿に載った温かい豆腐より、やっぱり、鍋から熱々の湯豆腐のほうがいいな・・・)
隣に、女子大生くらいの二人組がきて生ビールを呑み始め、わたしが吸う煙草の煙ですこし噎せているのが気になる。
たしか前に一度、嵯峨野で手ごろな湯豆腐を喰ったことがあったな。よし、行ってみるとするか。
京都河原町駅から阪急で西院駅へ行き、すこし歩いて嵐電の西院駅から嵐山駅へ向かった。所要時間は40分ちょっとといったくらい。嵐山から嵯峨野に向かってセカセカ歩いていて、店先にリラックマを飾っているところでピタリと立ち止まる。
(えーい、さっきの店の湯豆腐定食みたいなヤツでこの際手を打つとするか)
急ぎ足で歩きながらも、天竜寺前に並ぶ飲食店を通り過ぎるとき、「嵯峨とうふ稲 本店」の店頭のメニューを横目でしっかり確認していたのだった。
その定食「嵯峨定食」の値段は税込で1,980円(訪問当時)。手ごろだ。腹も減ってきている。さっきの京極スタンドの濃い水割りで、アルコールと煙草はそこそこ満足していた。目的と同じ嵯峨の豆腐だから“よし”とするか。
「嵯峨とうふ稲 本店」の入口に備えられたノートに名前と人数を記入すると、珍しい一人客のためすぐに店内に入れた。
南禅寺の店のように日本庭園を眺めながら食すというわけにはいかないが、運ばれてきた「嵯峨定食」の女性が喜びそうな献立はそこそこ似たようなものだった。
湯豆腐、胡麻豆腐、手桶に入った自家製汲みあげ湯葉、煮もの(野菜とひろうす)、
豆乳茶碗蒸し、五穀米のご飯、味噌汁、京漬物、嵐山名物のわらび餅
湯豆腐はもう少し食べたかったが、その不足分を湯葉の援護射撃もあって、嵐山での「嵯峨の湯豆腐」かなり満足できた。(酒一本だけでも付けたら最高だったかも)
湯豆腐・・・ナニ慌てることはない。まだ京都にはこれからなんども来るつもりである。
これで京都旅は最後だなと思う日に、南禅寺近くの老舗料亭「瓢亭」(期間限定の朝6,000円、昼23,000円)はとても無理だが、南禅寺門前の「タッケェー湯豆腐屋」に行くとしよう。
ああそうだ。行こう行こうと思っていてまだ行けてない円山公園の平野家の「いもぼう」(昼2,750円から5,500円)もついでに。
→「嬉野温泉(2)」の記事はこちら
「豆腐百珍」とは、口の中で消えてしまう儚い豆腐を題材に百種の料理を著した江戸時代のベストセラーだそうだが、わたしは酒飲みなのでシンプルな“冷や奴”とか“湯豆腐”が好みだ。
湯豆腐は寒い冬場こそ最高と思えるのだが、仕掛人・藤枝梅安の相棒の、豆腐好きの彦次郎の湯豆腐は梅雨時から始まる。
『彦次郎は、台所へ行き、湯豆腐の支度にかかった。
梅雨どきの湯豆腐は、彦次郎が、もっとも好むものだ。
品川台町の豆腐屋が、毎日のようにとどけてくれる。大根を千六本にして、豆腐と共に煮るのが、彦次郎の湯 豆腐であった。
こうすると、ふしぎに豆腐の味がよくなる。梅安は梅雨どきになると、
「そろそろ、彦さんの湯豆腐がはじまるね」』
池波正太郎著 講談社文庫「梅安冬時雨」<襲撃>の章より
京都の名水(良質で豊富な地下水)でつくられる豆腐は「京豆腐」と呼ばれ、滑らかで口あたりも良く、まろやかな味わいで観光客にも人気がある。
旅先での湯豆腐といえば、温泉湯豆腐を嬉野温泉と湯村温泉(兵庫)食べたことを思いだす。いずれも安価なもので、そこいくと京都の湯豆腐は別格、庶民的にはほど遠く高価である。
京都の飲食店はいまやどこでも禁煙当たり前なのに、繁華街の新京極にある「京極スタンド」はいまだに喫煙できる。大衆食堂のような酒場のような、貴重で不思議な店であり、たまに外国人観光客もみかける。
大っぴらに昼間から呑めるとこなので、京都に行くとたいていは寄ってしまう。
「ここって、『湯豆腐』なんていうメニューあったっけ?」
カウンターの一番奥の席に座り、壁のたくさんのメニューを見回すのも面倒なのでおばちゃんに訊いた。昼時の食堂なのだが、食事をしているひとは少ない。
「ありますよ。もっとも、それほど“ご大層なモノ”じゃありませんけどね」
「では、それと焼酎の水割りを」
無性に豆腐が食べたくなってしまい、スタンドに来てしまった。本当は南禅寺門前あたりの店で湯豆腐を食べたいが、わたしの旅の予算が許してくれない。
「湯豆腐ひと通り」が、大体3,500円から5,500円といったところで、呑めば一番安いコースでも軽く5,000円を超す。「ひと通り」とはなにかというと、湯豆腐に、焚き合わせ、田楽、天ぷら、それにご飯と香の物、高いコースはお造りとかデザートが付いたりする。
たいていの場合、わたしは食事というより湯豆腐で一杯やりたいだけなのだ。
(皿に載った温かい豆腐より、やっぱり、鍋から熱々の湯豆腐のほうがいいな・・・)
隣に、女子大生くらいの二人組がきて生ビールを呑み始め、わたしが吸う煙草の煙ですこし噎せているのが気になる。
たしか前に一度、嵯峨野で手ごろな湯豆腐を喰ったことがあったな。よし、行ってみるとするか。
京都河原町駅から阪急で西院駅へ行き、すこし歩いて嵐電の西院駅から嵐山駅へ向かった。所要時間は40分ちょっとといったくらい。嵐山から嵯峨野に向かってセカセカ歩いていて、店先にリラックマを飾っているところでピタリと立ち止まる。
(えーい、さっきの店の湯豆腐定食みたいなヤツでこの際手を打つとするか)
急ぎ足で歩きながらも、天竜寺前に並ぶ飲食店を通り過ぎるとき、「嵯峨とうふ稲 本店」の店頭のメニューを横目でしっかり確認していたのだった。
その定食「嵯峨定食」の値段は税込で1,980円(訪問当時)。手ごろだ。腹も減ってきている。さっきの京極スタンドの濃い水割りで、アルコールと煙草はそこそこ満足していた。目的と同じ嵯峨の豆腐だから“よし”とするか。
「嵯峨とうふ稲 本店」の入口に備えられたノートに名前と人数を記入すると、珍しい一人客のためすぐに店内に入れた。
南禅寺の店のように日本庭園を眺めながら食すというわけにはいかないが、運ばれてきた「嵯峨定食」の女性が喜びそうな献立はそこそこ似たようなものだった。
湯豆腐、胡麻豆腐、手桶に入った自家製汲みあげ湯葉、煮もの(野菜とひろうす)、
豆乳茶碗蒸し、五穀米のご飯、味噌汁、京漬物、嵐山名物のわらび餅
湯豆腐はもう少し食べたかったが、その不足分を湯葉の援護射撃もあって、嵐山での「嵯峨の湯豆腐」かなり満足できた。(酒一本だけでも付けたら最高だったかも)
湯豆腐・・・ナニ慌てることはない。まだ京都にはこれからなんども来るつもりである。
これで京都旅は最後だなと思う日に、南禅寺近くの老舗料亭「瓢亭」(期間限定の朝6,000円、昼23,000円)はとても無理だが、南禅寺門前の「タッケェー湯豆腐屋」に行くとしよう。
ああそうだ。行こう行こうと思っていてまだ行けてない円山公園の平野家の「いもぼう」(昼2,750円から5,500円)もついでに。
→「嬉野温泉(2)」の記事はこちら
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