<温泉旅籠(1)>
タクシーが国道から「旅籠屋丸一」の敷地に入り、料金を支払い車から降りると仲居さんが飛んできた。
「いらっしゃいませ、本日のご宿泊でしょうか」
そうだ、と答え名前を告げると、「お客さまはあちらの別館万葉亭のほうになります」という。
指差す方向をみて、「おっ」と思う。
大量の雪に閉ざされた広い庭の向こうに建物が見える。てっきり旅籠を思わせる本館かとばかり思っていたのだが、なかなかいい感じの建物である。
右側の棟でチェックインを済ませて鍵を受け取り、また外に出て隣の客室棟の数段しかない階段をあがる。
一番手前がわたしの部屋だ。
大型の電気炬燵のある部屋と、奥に広い部屋があった。障子を開けると、ガラス戸の手前が板敷きの廊下になっていて右側に洗面台、左側がトイレになっていた。
充分な広さがあり、清潔でなかなか快適な居心地の部屋である。
(これで、ガラス戸の向こうに露天風呂があれば、九州の宿みたいだな・・・)
まあ、それなら宿賃を倍はとられるだろうが。
てきぱきと着替えて、まずは本館エリアのほうにある温泉棟に向かった。
(それにしても、あのタクシー料金には参った・・・)
旅に出る直前まで天気予報をチェックしていたのだが、猿ヶ京温泉の雪マークがとれないため急遽車をあきらめて新幹線を使うことにした。
上毛高原駅から猿ヶ京温泉まで四、五キロなら歩くのだが十五、六キロあるので四時間かかるし、かつ登り坂の路である。
とった宿が送迎をやっていないので路線バスしかない。
しかし、わたしは大のバス嫌いである。乗車時間の許容範囲は三十分以内だが、今回はこれを超える。タクシー料金を調べると三千五百円くらいだ。バスの運賃は八百六十円也だから、二千六百円あまりの足がでる。まあ食事後に外の呑み屋に行ったと思えばいいか・・・。というわけで往路をタクシーにしたのだった。
猿ヶ京温泉地区に入った時点で料金メーターがジリジリと五千円に近くなってきたのをみて動転し、しまったと思ったが後の祭り、到着時には約五千四百何十円になっていたのだ。事前の下調べが甘すぎたのだろうか。
結果、四千六百円も足が出てしまった。明日の湯沢では、大幅に予算の縮小を余儀なくせねばならない・・・。ああ、もったいない。悔しい。
本館のほうからやってきた、わたしと同じ浴衣に半纏を着た若い男女の二人連れとすれ違った。きっと本館エリアの蔵の湯に先にはいって、次に別館万葉亭の温泉にいくのだろう。
本館エリアの温泉棟、「蔵の湯 林」である。
一歩入ると、九州の由布院とか黒川を思わせる実にいい雰囲気の温泉棟だ。
明治に建築され十五代続いた豪農の蔵の古材を利用して作られたそうで、更衣室も落ち着いた感じで広い。
浴室の床面が乾いていたので、どうやらわたしが最初の客である。
たっぷりの掛け湯をしてゆっくりひば造りの内風呂の湯に身を沈めていくと、もうタクシーのことは頭から吹っ飛んでしまったのであった。
― 続く ―
→「フランス人」の記事はこちら
タクシーが国道から「旅籠屋丸一」の敷地に入り、料金を支払い車から降りると仲居さんが飛んできた。
「いらっしゃいませ、本日のご宿泊でしょうか」
そうだ、と答え名前を告げると、「お客さまはあちらの別館万葉亭のほうになります」という。
指差す方向をみて、「おっ」と思う。
大量の雪に閉ざされた広い庭の向こうに建物が見える。てっきり旅籠を思わせる本館かとばかり思っていたのだが、なかなかいい感じの建物である。
右側の棟でチェックインを済ませて鍵を受け取り、また外に出て隣の客室棟の数段しかない階段をあがる。
一番手前がわたしの部屋だ。
大型の電気炬燵のある部屋と、奥に広い部屋があった。障子を開けると、ガラス戸の手前が板敷きの廊下になっていて右側に洗面台、左側がトイレになっていた。
充分な広さがあり、清潔でなかなか快適な居心地の部屋である。
(これで、ガラス戸の向こうに露天風呂があれば、九州の宿みたいだな・・・)
まあ、それなら宿賃を倍はとられるだろうが。
てきぱきと着替えて、まずは本館エリアのほうにある温泉棟に向かった。
(それにしても、あのタクシー料金には参った・・・)
旅に出る直前まで天気予報をチェックしていたのだが、猿ヶ京温泉の雪マークがとれないため急遽車をあきらめて新幹線を使うことにした。
上毛高原駅から猿ヶ京温泉まで四、五キロなら歩くのだが十五、六キロあるので四時間かかるし、かつ登り坂の路である。
とった宿が送迎をやっていないので路線バスしかない。
しかし、わたしは大のバス嫌いである。乗車時間の許容範囲は三十分以内だが、今回はこれを超える。タクシー料金を調べると三千五百円くらいだ。バスの運賃は八百六十円也だから、二千六百円あまりの足がでる。まあ食事後に外の呑み屋に行ったと思えばいいか・・・。というわけで往路をタクシーにしたのだった。
猿ヶ京温泉地区に入った時点で料金メーターがジリジリと五千円に近くなってきたのをみて動転し、しまったと思ったが後の祭り、到着時には約五千四百何十円になっていたのだ。事前の下調べが甘すぎたのだろうか。
結果、四千六百円も足が出てしまった。明日の湯沢では、大幅に予算の縮小を余儀なくせねばならない・・・。ああ、もったいない。悔しい。
本館のほうからやってきた、わたしと同じ浴衣に半纏を着た若い男女の二人連れとすれ違った。きっと本館エリアの蔵の湯に先にはいって、次に別館万葉亭の温泉にいくのだろう。
本館エリアの温泉棟、「蔵の湯 林」である。
一歩入ると、九州の由布院とか黒川を思わせる実にいい雰囲気の温泉棟だ。
明治に建築され十五代続いた豪農の蔵の古材を利用して作られたそうで、更衣室も落ち着いた感じで広い。
浴室の床面が乾いていたので、どうやらわたしが最初の客である。
たっぷりの掛け湯をしてゆっくりひば造りの内風呂の湯に身を沈めていくと、もうタクシーのことは頭から吹っ飛んでしまったのであった。
― 続く ―
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