<カレーなる剽窃>
昼のピークが過ぎていっぱいだった客も半数くらいに減ったころ、自動ドアが開いて老婆が一人店に入ってきた。
もしかしたら空いている時間を見計らったのかもしれない。
足を引き摺るようにしてゆっくり進むと、わたしが蕎麦を食べているテーブル席の隣、店の一番奥の空いたばかりの四人掛けの卓にちょこんと座った。
「なににいたしましょう」
「カレーライスをください」
メニューも見ずに、お婆さんは店の主人に注文した。
「へっ、カレーライス・・・ですか」
「そぉさ、わたしゃここのカレーライスが一度食べて気にいってね。わざわざバスに乗ってやってきたのさ」
「承知しました」
ありがとうございますと主人が頭を下げると、向き直って大声で厨房に注文を通したのだった。
数年も前のこのやりとりを、ふと鮮やかに思いだしたのである。
わたしがその蕎麦屋に行くのは月に一度くらい、昼にたまたま出遅れたときにしかいかず、注文は「野菜天せいろ」とひとつに決めていたからカレーライスなど食べたことはなかった。
ラーメン屋で旨いカレーライスを出すところが実際にあるくらいだから、蕎麦屋でも出ても決しておかしくはない。
ある日、出かけてみた。
店に入り、椅子の座るなりに注文した。「カレーライスをください」
運ばれてきたカレーライスをひと口食べて、一瞬固まってしまった。
(これは・・・)
「追加で、野菜天せいろを」
気をとりなおして、もうひと口食べてからスプーンを置き、奥にいる店にひとにいった。
運ばれた、ひさしぶりの野菜天せいろにとりかかる。
思ったとおりの味である。七十点くらいだが、時間がないときにはとても助かるメニューである。
一気に食べきると、再びカレーライスの皿を引き寄せた。こちらも食べきって、もう蕎麦湯も飲めぬほど満腹してしまう。
あのお婆さんの舌だが、ある意味、たしかである。
このカレーライスはたしかに旨い。だけど、わたしでもひと口目でレトルトカレーと見破れた。さらにふた口目で函館の老舗レストラン「五島軒」の味とわかった。
大好きだから函館に行くたびに食べているし、レトルトでも何度も食べているのだ。
バスを使って遠路はるばる来なくても、スーパーで手に入るのである。そうあのお婆さんに言いたい。いや、もう気がついているかな。
武士の情けで場所も店名も伏せるが、この蕎麦屋は、わたしはこれきりでもうこない。野菜天せいろには未練があるが、これにて縁を切る。
なんかこういうことをされると不信感がむくむく育ち、野菜天の具材でさえも八百屋の売れ残りを使っているのではと勘繰ってしまう。
手打ち蕎麦といって乾麺を使っているところもあるが、あれはまだ可愛い。客に出す料理なら基本自分のところで作らねばいけないだろう。
・・・そういえば、信州飯山あたりで幻の蕎麦といわれる、「富倉蕎麦」で有名な「なんとか食堂」で食べたカレーライスがレトルトだったことを思いだした。あれは安売りで手に入るボンカレーだった。
蕎麦屋業界ではレトルトのカレーライスは「あり」なのか。驚く客がおかしいのだろうか。とにかく、蕎麦屋で「カレーライス」は頼まないのが無難かも。
「剽窃」という言葉、不適切なことを百も承知で使わせていただいた。「疑惑」、「欺瞞」、「盗用」、「ぺてん」、「いかさま」、「ちゃらんぽらん」などなどいろいろ考えたのだが、ぴったりとくる表現がわたしにはいまひとつと思われたからである。
→「幸せの黄色いカレー」の記事はこちら
→「五島軒のイギリスカレー」の記事はこちら
昼のピークが過ぎていっぱいだった客も半数くらいに減ったころ、自動ドアが開いて老婆が一人店に入ってきた。
もしかしたら空いている時間を見計らったのかもしれない。
足を引き摺るようにしてゆっくり進むと、わたしが蕎麦を食べているテーブル席の隣、店の一番奥の空いたばかりの四人掛けの卓にちょこんと座った。
「なににいたしましょう」
「カレーライスをください」
メニューも見ずに、お婆さんは店の主人に注文した。
「へっ、カレーライス・・・ですか」
「そぉさ、わたしゃここのカレーライスが一度食べて気にいってね。わざわざバスに乗ってやってきたのさ」
「承知しました」
ありがとうございますと主人が頭を下げると、向き直って大声で厨房に注文を通したのだった。
数年も前のこのやりとりを、ふと鮮やかに思いだしたのである。
わたしがその蕎麦屋に行くのは月に一度くらい、昼にたまたま出遅れたときにしかいかず、注文は「野菜天せいろ」とひとつに決めていたからカレーライスなど食べたことはなかった。
ラーメン屋で旨いカレーライスを出すところが実際にあるくらいだから、蕎麦屋でも出ても決しておかしくはない。
ある日、出かけてみた。
店に入り、椅子の座るなりに注文した。「カレーライスをください」
運ばれてきたカレーライスをひと口食べて、一瞬固まってしまった。
(これは・・・)
「追加で、野菜天せいろを」
気をとりなおして、もうひと口食べてからスプーンを置き、奥にいる店にひとにいった。
運ばれた、ひさしぶりの野菜天せいろにとりかかる。
思ったとおりの味である。七十点くらいだが、時間がないときにはとても助かるメニューである。
一気に食べきると、再びカレーライスの皿を引き寄せた。こちらも食べきって、もう蕎麦湯も飲めぬほど満腹してしまう。
あのお婆さんの舌だが、ある意味、たしかである。
このカレーライスはたしかに旨い。だけど、わたしでもひと口目でレトルトカレーと見破れた。さらにふた口目で函館の老舗レストラン「五島軒」の味とわかった。
大好きだから函館に行くたびに食べているし、レトルトでも何度も食べているのだ。
バスを使って遠路はるばる来なくても、スーパーで手に入るのである。そうあのお婆さんに言いたい。いや、もう気がついているかな。
武士の情けで場所も店名も伏せるが、この蕎麦屋は、わたしはこれきりでもうこない。野菜天せいろには未練があるが、これにて縁を切る。
なんかこういうことをされると不信感がむくむく育ち、野菜天の具材でさえも八百屋の売れ残りを使っているのではと勘繰ってしまう。
手打ち蕎麦といって乾麺を使っているところもあるが、あれはまだ可愛い。客に出す料理なら基本自分のところで作らねばいけないだろう。
・・・そういえば、信州飯山あたりで幻の蕎麦といわれる、「富倉蕎麦」で有名な「なんとか食堂」で食べたカレーライスがレトルトだったことを思いだした。あれは安売りで手に入るボンカレーだった。
蕎麦屋業界ではレトルトのカレーライスは「あり」なのか。驚く客がおかしいのだろうか。とにかく、蕎麦屋で「カレーライス」は頼まないのが無難かも。
「剽窃」という言葉、不適切なことを百も承知で使わせていただいた。「疑惑」、「欺瞞」、「盗用」、「ぺてん」、「いかさま」、「ちゃらんぽらん」などなどいろいろ考えたのだが、ぴったりとくる表現がわたしにはいまひとつと思われたからである。
→「幸せの黄色いカレー」の記事はこちら
→「五島軒のイギリスカレー」の記事はこちら
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