<陸奥、川渡温泉(3)>
ようやく待ちかねた朝食時間になり、読んでいた本を閉じるとタオルを持って部屋を出た。
昨日の食事会場に入ると、卓に手作りの、心がこもった朝食が並んでいた。
「明日の朝食は何時がよろしいでしょうか?」
昨日の夕食時、締めの蕎麦を運ばれたときに訊かれて質問に質問で答えてしまう。「小牛田方面の電車は何時ごろにありますか?」
小牛田方面だと丁度いいのが10時16分で、次は11時20分、その前だと9時台は1本もなく、8時10分だとすらすらいう。
ついでに鳴子・新庄方面の時間を訊くと、新庄方面が9時57分、鳴子方面は8時04分、次が11時54分になる。よく訊かれる質問なのだろうが、たった数字六個とはいえその記憶力にちょっと驚かされる。
「では、8時でお願いします」
小牛田に行くなら11時20分のやつで、もしも気が向いたなら9時57分の電車で鳴子の先にある中山平温泉に寄る選択肢があってもいいかな、と余裕をみて朝食を8時に決めたのだった。
昨夜食べなかった自家米のご飯と、漬物がとても美味しくて、軽くであるが三杯も食べてしまった。
朝風呂を済ませて浴室から出てきた先客二人に軽く挨拶して、入れ替わりに浴室に入る。
(なんか、天使の階段みたいだな・・・)
朝の陽光が浴槽に見事なほどいい具合に射しこんで、温泉成分をたっぷり含んだ湯気まじりの空気に満ちている。
温泉成分は皮膚を浸透するだけではなく、呼吸からももちろん体内にたっぷり吸収されるのだ。
掛け湯をして浴槽に身を沈めていく。今朝は、起きぬけでまだ暗い未明のころに入っているので、二度目の朝湯になる。
さきほどの朝に読んだばかりの本「灯台からの響き」の一節が浮かぶ。
『やろうと決めたら、人間はなんでもやれる。それが人間と他の生き物との違いだ。
いや、若い鳥にも飛ぼうと決心して巣から飛び立つ瞬間が来る。猫の子も高い梯子から降りるときが来る。昆虫にもそんな瞬間があるに違いない・
――宇宙における一瞬は、地球時間では百年――
ホーキング博士の説が正しいならば、地球における一瞬は、宇宙時間では数十億分の一瞬ということになる。時間の単位ではどうにも表現できないくらいに短い。
それほどに短い時間であらゆる物事は変化しているというのに、人間はだらだらと迷いつづけ、考えつづけ、逡巡しつづけ、なにもせず一生を終える。』
そういえば自分は迷い、逡巡してばかりいるな・・・とため息が出る。難しいというか真面目な本をいつもは旅に持ち歩かないのにと、苦笑する。
そうか、迷い、逡巡するのは今日はやめよう。うなぎ湯の中山平温泉をあきらめ、11時20分の小牛田行き電車に決めた。
11時ちょっと前にチェックアウトして、大女将の運転の車で駅まで送ってもらう。ちょうどいい、タイミングを見計らって旅館ゆさの名前の由来を訊いてみよう。
機先を制してという感じで大女将に訊かれる。「ゆっくりできましたか?」
「久しぶりに、のんびりできました」
「うちはお昼を食べてからチェックアウトする、お客さんも多いンですよ」
「えっ、そんなのありですか!」
用意しているプランにあって、それだとお得だという。ああ、それにすればよかったか、とちょっぴり悔やむ。
車だと、あっという間に川渡温泉駅に着いてしまう。
「ここは無人駅なので、『乗車駅証明書』を中の機械で先に入手しておいたほうがいいですね。わかりますか?」
全然わからない、というと待合室に一緒に入って丁寧に説明してくれた。急ぐときは、電車の乗車口でも手に入る。
陸羽東線はワンマンの二両編成で一両目の後部ドアが入口、運転手の後ろの前部ドアが出口である。二両目を含むその他のドアは開かない。
切符、定期、乗車駅証明書と運賃を運賃箱に入れて“開く”のドアボタンを自分で押して開けるのだ。
「では、これで。またのお越しをお待ち申しております、ありがとうございました。どうぞお気をつけて」
去っていく大女将の車を、手を振って見送った。
あ、いけね。
旅館の名の由来を訊き忘れてしまった。
(まあ、いいか・・・・・・また来ることもあるだろう)
川渡温泉のキャッチフレーズ「ふたたびみたび、かわたび温泉」なのである。そのときは連泊するか、翌日昼食付きプランに絶対しよう。
→「陸奥、川渡温泉(1)」の記事はこちら
→「陸奥、川渡温泉(2)」の記事はこちら
→「中山平温泉、うなぎ湯の宿(1)」の記事はこちら
→「中山平温泉、うなぎ湯の宿(2)」の記事はこちら
→「中山平温泉、うなぎ湯の宿(3)」の記事はこちら
→「中山平温泉、うなぎ湯の宿(4)」の記事はこちら
ようやく待ちかねた朝食時間になり、読んでいた本を閉じるとタオルを持って部屋を出た。
昨日の食事会場に入ると、卓に手作りの、心がこもった朝食が並んでいた。
「明日の朝食は何時がよろしいでしょうか?」
昨日の夕食時、締めの蕎麦を運ばれたときに訊かれて質問に質問で答えてしまう。「小牛田方面の電車は何時ごろにありますか?」
小牛田方面だと丁度いいのが10時16分で、次は11時20分、その前だと9時台は1本もなく、8時10分だとすらすらいう。
ついでに鳴子・新庄方面の時間を訊くと、新庄方面が9時57分、鳴子方面は8時04分、次が11時54分になる。よく訊かれる質問なのだろうが、たった数字六個とはいえその記憶力にちょっと驚かされる。
「では、8時でお願いします」
小牛田に行くなら11時20分のやつで、もしも気が向いたなら9時57分の電車で鳴子の先にある中山平温泉に寄る選択肢があってもいいかな、と余裕をみて朝食を8時に決めたのだった。
昨夜食べなかった自家米のご飯と、漬物がとても美味しくて、軽くであるが三杯も食べてしまった。
朝風呂を済ませて浴室から出てきた先客二人に軽く挨拶して、入れ替わりに浴室に入る。
(なんか、天使の階段みたいだな・・・)
朝の陽光が浴槽に見事なほどいい具合に射しこんで、温泉成分をたっぷり含んだ湯気まじりの空気に満ちている。
温泉成分は皮膚を浸透するだけではなく、呼吸からももちろん体内にたっぷり吸収されるのだ。
掛け湯をして浴槽に身を沈めていく。今朝は、起きぬけでまだ暗い未明のころに入っているので、二度目の朝湯になる。
さきほどの朝に読んだばかりの本「灯台からの響き」の一節が浮かぶ。
『やろうと決めたら、人間はなんでもやれる。それが人間と他の生き物との違いだ。
いや、若い鳥にも飛ぼうと決心して巣から飛び立つ瞬間が来る。猫の子も高い梯子から降りるときが来る。昆虫にもそんな瞬間があるに違いない・
――宇宙における一瞬は、地球時間では百年――
ホーキング博士の説が正しいならば、地球における一瞬は、宇宙時間では数十億分の一瞬ということになる。時間の単位ではどうにも表現できないくらいに短い。
それほどに短い時間であらゆる物事は変化しているというのに、人間はだらだらと迷いつづけ、考えつづけ、逡巡しつづけ、なにもせず一生を終える。』
そういえば自分は迷い、逡巡してばかりいるな・・・とため息が出る。難しいというか真面目な本をいつもは旅に持ち歩かないのにと、苦笑する。
そうか、迷い、逡巡するのは今日はやめよう。うなぎ湯の中山平温泉をあきらめ、11時20分の小牛田行き電車に決めた。
11時ちょっと前にチェックアウトして、大女将の運転の車で駅まで送ってもらう。ちょうどいい、タイミングを見計らって旅館ゆさの名前の由来を訊いてみよう。
機先を制してという感じで大女将に訊かれる。「ゆっくりできましたか?」
「久しぶりに、のんびりできました」
「うちはお昼を食べてからチェックアウトする、お客さんも多いンですよ」
「えっ、そんなのありですか!」
用意しているプランにあって、それだとお得だという。ああ、それにすればよかったか、とちょっぴり悔やむ。
車だと、あっという間に川渡温泉駅に着いてしまう。
「ここは無人駅なので、『乗車駅証明書』を中の機械で先に入手しておいたほうがいいですね。わかりますか?」
全然わからない、というと待合室に一緒に入って丁寧に説明してくれた。急ぐときは、電車の乗車口でも手に入る。
陸羽東線はワンマンの二両編成で一両目の後部ドアが入口、運転手の後ろの前部ドアが出口である。二両目を含むその他のドアは開かない。
切符、定期、乗車駅証明書と運賃を運賃箱に入れて“開く”のドアボタンを自分で押して開けるのだ。
「では、これで。またのお越しをお待ち申しております、ありがとうございました。どうぞお気をつけて」
去っていく大女将の車を、手を振って見送った。
あ、いけね。
旅館の名の由来を訊き忘れてしまった。
(まあ、いいか・・・・・・また来ることもあるだろう)
川渡温泉のキャッチフレーズ「ふたたびみたび、かわたび温泉」なのである。そのときは連泊するか、翌日昼食付きプランに絶対しよう。
→「陸奥、川渡温泉(1)」の記事はこちら
→「陸奥、川渡温泉(2)」の記事はこちら
→「中山平温泉、うなぎ湯の宿(1)」の記事はこちら
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