<奈良・三輪、大神神社 (2)>
三輪駅は出口が一カ所しかなく、いったん南側(神社とは逆側)に出てから商店街を抜けて参道に入り、万葉まほろば線の線路を渡らないと大神神社には行けない。書くと長そうだが、なに徒歩で10分とはかからず、意外と近い。
ひっそりと建つ、大神神社の一ノ鳥居。
ふつうは三輪駅からは最短距離で二ノ鳥居に向かうので、周囲はまったくの無人だ。わたしは作法にほんのちょっとだけ拘り、ちょいと遠回りしたのだった。
今回は寄らなかったが、近くに建つ「大鳥居」は昭和59年(1984年)の昭和天皇のご親拝記念と御在位60年を奉祝して建立、昭和61年(1986年)に竣工された鳥居だ。高さが32.2メートル、柱間は23メートルにも及び、その材質は耐候性鋼板で、耐久年数はなんと千三百年と言われる堅牢で立派な鳥居だそうだ。
一ノ鳥居からあまり参道らしくない路をすこし歩き、線路を渡るとすぐに、いかにも雰囲気たっぷりの「二ノ鳥居」である。
「大神神社(おおみわじんじゃ)」は、旧来は「美和乃御諸宮」、「大神大物主神社」、中世以降は「三輪明神」と呼ばれ、地元の方に「みわさん」「三輪の明神さん」の名で親しまれていたが、明治時代になり「大神神社」と改名された。
神社の由緒だが、「古事記」や「日本書紀」の神話のなかで、三輪山の頂上にある磐座(いわくら)に「大物主神(おおものぬしのかみ)」が祀られたことに始まると伝わる。
神話に記されていることが「大神神社」が神代にまで遡る古社であることの由来とされており、日本最古の神社といわれる、歴史ある神社である。
現在でも本殿を設けずに三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の様式から、日本最古の神社であるとされている。
鳥居をくぐり踏みだした参道は、鬱蒼と木々が茂っており、いかにも結界に入ったような清々しい凛とした空気に包まれる。思わず背筋がしゃんとして、気持ちが引き締まる。
参拝の前に身を浄める「手水舎(てみずしゃ)」だが、大神神社の手水舎は、酒樽から出た蛇の口から水が流れ出ている。その蛇は宝珠を抱いていて、これは大物主神が酒の神様であり、神話にも蛇の姿で伝わるなど神様と縁が深い生き物とされているからだ。
酒造りはここ三輪の地が発祥だといわれている。最古の天皇である崇神天皇時代、疫病流行で国が混乱を極めている中、天皇は夢で大物主大神からのお告げを受け、国を救うために酒を醸したのが、三輪の地である。
「三輪(みわ)」という土地の名は、酒と神事に深く関わりを持った“読み”と言える。神酒のことを現在では「みき」と読むが、昔は「みわ」と読まれていた。「大神神社(おおみわじんじゃ) 」の読みでわかるように、古来、神のことを「みわ」と読んでいたのだ。
階段を昇って、縄の鳥居の三ノ鳥居を抜ければ、いよいよ「拝殿」が見えてくる。
前にも書いたが、大神神社は本殿をもたず、拝殿から「三輪山」自体をご神体(山)として仰ぎ見る古神道の形態を残している。山中には上から奥津磐座(おきついわくら)・中津磐座(なかついわくら)・辺津磐座(へついわくら)の三つの磐座があるという。
― 続く ―
→「奈良・三輪、大神神社(1)」の記事はこちら
三輪駅は出口が一カ所しかなく、いったん南側(神社とは逆側)に出てから商店街を抜けて参道に入り、万葉まほろば線の線路を渡らないと大神神社には行けない。書くと長そうだが、なに徒歩で10分とはかからず、意外と近い。
ひっそりと建つ、大神神社の一ノ鳥居。
ふつうは三輪駅からは最短距離で二ノ鳥居に向かうので、周囲はまったくの無人だ。わたしは作法にほんのちょっとだけ拘り、ちょいと遠回りしたのだった。
今回は寄らなかったが、近くに建つ「大鳥居」は昭和59年(1984年)の昭和天皇のご親拝記念と御在位60年を奉祝して建立、昭和61年(1986年)に竣工された鳥居だ。高さが32.2メートル、柱間は23メートルにも及び、その材質は耐候性鋼板で、耐久年数はなんと千三百年と言われる堅牢で立派な鳥居だそうだ。
一ノ鳥居からあまり参道らしくない路をすこし歩き、線路を渡るとすぐに、いかにも雰囲気たっぷりの「二ノ鳥居」である。
「大神神社(おおみわじんじゃ)」は、旧来は「美和乃御諸宮」、「大神大物主神社」、中世以降は「三輪明神」と呼ばれ、地元の方に「みわさん」「三輪の明神さん」の名で親しまれていたが、明治時代になり「大神神社」と改名された。
神社の由緒だが、「古事記」や「日本書紀」の神話のなかで、三輪山の頂上にある磐座(いわくら)に「大物主神(おおものぬしのかみ)」が祀られたことに始まると伝わる。
神話に記されていることが「大神神社」が神代にまで遡る古社であることの由来とされており、日本最古の神社といわれる、歴史ある神社である。
現在でも本殿を設けずに三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の様式から、日本最古の神社であるとされている。
鳥居をくぐり踏みだした参道は、鬱蒼と木々が茂っており、いかにも結界に入ったような清々しい凛とした空気に包まれる。思わず背筋がしゃんとして、気持ちが引き締まる。
参拝の前に身を浄める「手水舎(てみずしゃ)」だが、大神神社の手水舎は、酒樽から出た蛇の口から水が流れ出ている。その蛇は宝珠を抱いていて、これは大物主神が酒の神様であり、神話にも蛇の姿で伝わるなど神様と縁が深い生き物とされているからだ。
酒造りはここ三輪の地が発祥だといわれている。最古の天皇である崇神天皇時代、疫病流行で国が混乱を極めている中、天皇は夢で大物主大神からのお告げを受け、国を救うために酒を醸したのが、三輪の地である。
「三輪(みわ)」という土地の名は、酒と神事に深く関わりを持った“読み”と言える。神酒のことを現在では「みき」と読むが、昔は「みわ」と読まれていた。「大神神社(おおみわじんじゃ) 」の読みでわかるように、古来、神のことを「みわ」と読んでいたのだ。
階段を昇って、縄の鳥居の三ノ鳥居を抜ければ、いよいよ「拝殿」が見えてくる。
前にも書いたが、大神神社は本殿をもたず、拝殿から「三輪山」自体をご神体(山)として仰ぎ見る古神道の形態を残している。山中には上から奥津磐座(おきついわくら)・中津磐座(なかついわくら)・辺津磐座(へついわくら)の三つの磐座があるという。
― 続く ―
→「奈良・三輪、大神神社(1)」の記事はこちら
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