・・・私の日本古代史の興味からは少し外れましすが、北九州で有名な吉野ヶ里遺跡に寄り、昼食をとりました。
遺跡と云うより、大きなテーマパーク的要素が強い設備になっていました。
私が訪れた時は、春の連休中とはいえ、閑散としていて、子ども以外はあまりいない状態でした。
遺跡は広大な広さで、そこにたくさんの弥生時代の住居が復元されていました。
古代史的観点からいうと、先日訪れた、伊都国、奴国の遺跡の墓からの出土品に比べると吉野ヶ里遺跡はかなり、国力が落ちる国だったことが分かる遺跡だと、私にも理解できました。
後漢書倭伝に、使駅通じるもの30余国あったと云う国の一つだったかもしれません。