夜噺骨董談義

収集品、自分で作ったもの、見せていただいた品々などを題材に感想談など

リメイク再投稿 その2 魚濫観音図 山田敬中筆

2014-05-20 05:41:44 | 掛け軸
昨日は栃木県の現場まで、・・。夕食をともにした前にいた会社の後輩から長男へゆるキャラ「さのまるくん」(2013年のゆるキャラグランプル)のプレゼント。

佐野市立吉澤記念美術館で「寺崎広業展 明治の谷文晁とよばれた男」が開催中らしい。佐野市立吉澤記念美術館? まだ行ったことがありません。

さて本日はリメイク投稿の2回目です。

骨董を購入すると、その時々に思い出や思い入れが不思議とできるものです。それは蒐集する者の購入するこじつけや自己満足ということが多いのですが、必ずしもそうとは言えない時があります。ここ4年間の投稿と蒐集歴を振り返りえるとつくづくそう思える作品がいくつかあります。

リメイク再投稿 2010年4月27日掲載 

魚濫観音図 山田敬中筆
絹本着色軸装軸先木 合箱入
全体サイズ:縦1975*横529 画サイズ:縦1080*横395

神仏の絵には作者がサイン(落款)しないことがあり、あっても謹画と名前の下に記することが多いようです。本作品についても印章のみです。

「魚濫観音」が描かれています。

魚濫観音:波を泳ぐ鯉の背に乗っていたり、魚の入った籠を持っていたりする姿に作られる観音菩薩で、魚売りの美女に身をやつしたという中国の伝説に起源があるといわれています。特に安産を始め女性特有の煩悩を除去するとともに、航海の安全と大漁をもたらす観音だそうです。

魚濫観音 










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山田敬中(やまだ けいちゅう):1868年(明治元年)~1934年(昭和9)日本画家。東京・浅草生まれ。川端画学校教授。東京美術学校教授。旧姓島根。本名忠蔵。号は敬中、義英、可得、年忠、南窓、南斎。明治19年月岡芳年の下に入門し浮世絵を学んだ後、芳年の奨めで川端玉章に師事し、円山派を修めた。

文展・帝展などに出品入選をくりかえし無鑑査となる。日本青年絵画協会に参加、東美校で教鞭を執った後、日本美術院創立に参加し正員となる。巽画会にも加わり、川端画学校教授、石川県立工業学校教頭などをつとめた。

川端画学校教授として後進を育成。小松宮彰仁親王「至誠」の額縁の意匠を担当したことでも有名である。

作品には「山水図」「布袋の図」などがある。風景画を主として歴史画、仏画などを能くし、花鳥、山水などを得意とするが、水墨画にも妙。

日本画家山田申吾は次男、加藤栄三は娘婿。印名は「可得」「敬中」「敬中畫印」「禍中畫印」「山十敬中」など。

昭和9年(1934)歿、67才

山田敬中


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本作品はブログを始めたばかりの頃の数度目のも投稿作品です。本作品を入手して大切にしていたご利益で、家内が大きな出血をしながらも、さらには入院、帝王を切開しながらも、無事長男の出産をできたように思います。

このように「縁」を感じる作品は常に手元の置いておきたいものです。骨董というものは祈りであり、願いであり、感謝である側面が多分にあるように思います。またそのような思いを抱かせる作品を集めることが本来の骨董蒐集の醍醐味のように思います。

ところで経歴をみると加藤栄三(加藤東一とは兄弟)は娘婿・・・・、あらためて認識

それと今週の日曜美術館の特集は秋田出身の仏画絵師「鈴木空如」でした、これも再認識・・・。


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2 コメント

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 (クラフト)
2011-12-15 03:22:00
衣が胡粉で緻密にそして濃淡に描かれていて、気の遠くなる作業ですね。

観音さまはうっとりとした表情で、とても優しいお顔をされていますね。思わず、合掌したくなります。
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祈り (夜噺骨董談義)
2011-12-15 05:44:06
神仏の作品の良否は、祈りたくなるか否かのような気がします。
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