普段使わなくなっている器を整理していたら、下記の3作品が出てきましたので、すでに投稿済みに作品ですが、あらためて整理して投稿しました。
明朝染付茶碗 17~18世紀
合箱
口径145*高台径*高さ63
本作品は明から東南アジアに大量に輸出された明末染付、もしくは下手な安南茶碗として明末から清初にかけて大量に製作されたものとの判断に迷うところですが、本作品は「明朝染付(茶)碗」と推定しました。
下記の記事にあるように明末の染付茶碗は、フィリピンやタイに大量に輸出されたものでしたが、完品が少なくなり補修したものを完品として売られていた作品と推定しています。
本作品も共色で模様をペイントされもので、稚拙な補修と言われていますが、うまく補修されています。茶器として用いるのであれば、金繕いするのがよいでしょうが、そこまでするには趣が不足しています。
雑誌にてこの系統の作品の記事がありました。
「下手な染付碗」・・・・まさしくそうなのだが、明朝の作品には相違ないので食器に使うのには何ら問題はない。「下手な染付碗」の下手な共色直しだが、年々数は少なくなっています。
次の2作品目の紹介です。
安南絞り手?茶碗 その2
合箱
口径126*高台径60*高さ75
「安南青花草花紋碗 清朝時代」という触れ込み・・・、他の当方の所蔵作品である作品とほぼ同系の作品と思われ「ハノイ近郊のバッチャン窯から出土」とか・・。
「この手の高台が高い茶碗は本来輸出用ではなく、王宮で用いられたもの」という記述もありますが・・・。この手の作行きの作品は日本に招来されて釉薬の滲みの印象から絞り手と呼ばれ茶人に好まれました。ただ日本でも瀬戸を始めとして多くの写しが作られています。高台内の渋釉や重ね焼きの跡のある見込みなども模倣品は良くできていて、模倣された作品は素人でも見分けは難しいようです。しいて判別するなら模倣作品はちょっと「テカテカしている」点だそうです。
「この作品はベトナムで巧妙な共直しがしてありましたが当方で外し改めて金繕いを施したものです。直しがあっても、染付はペルシャの呉須を使っており、発色が素晴らしい作品です。」と売り主からの説明がありましたが、本作品の詳細は不明であり、しいて分類するならちょっと下手な安南絞り手といった感じでしょうか?
続いて3作品目の紹介です。
明末草花文染付茶碗
合箱
口径123*高台径*高さ63
こちらすっきりした明朝染付茶碗です。
本作品は前述の説明のように東南アジアに大量に輸出された明末染付です。本作品のような洒脱な草文様の作品は元の染付からの流れがあります。
明末の染付茶碗などはフィリピンやタイに大量に輸出されたものですが、近年は完品が少なくなり補修したものを完品として売られているようですが、本作品もタイの古都アユタヤ出土のものとされています。茶碗向きの小振りなものは少なく、そういう意味では価値があろうかと思います。
高台は砂付、見込みはわけのわからない味のある紋様、飾り気のない素朴な染付け、安南にも似た滲みなど魅力に満ちていますので、茶器としても通用するものでしょう。
当方では茶碗の作品がやたら多くなりました。茶碗は100点にもならないと良し悪しが解らないという御仁がおられしたが、当方においては優にその数を超えても未だ解っていません。