
今朝も5時にムサシの散歩に出た。
月は、昨日の朝よりもやや南に位置し、
丁度真南の方向にあった。
早いもので新しい年を迎えてから3ヵ月が過ぎ、今日は啓蟄である。
啓蟄は、大地が温まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころ。
『 暦便覧 』 には 「 陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり 」 と記されている。
啓蟄のことを日本以外の漢字文化圏では驚蟄 ( 惊蛰、拼音: jīngzhé ) と書く。
また日本でもそう書く場合がある。
これは、漢王朝6代皇帝である景帝の諱 ( いみな ) が 「 啓 」 ( 現代北方音: qǐ ) であり、
避諱して意味が似ている 「 驚 」 の字で代用したことに由来する。
同時に、孟春正月の驚蟄と、仲春二月節の 「 雨水 」 との順番を入れ換えた。
同様に、 「 穀雨 」 と 「 清明 」 の順次も入れ換えた。
漢初以前 立春 ⇒ 啓蟄 ⇒ 雨水 ⇒ 春分 ⇒ 穀雨 ⇒ 清明
漢景帝代 立春 ⇒ 雨水 ⇒ 驚蟄 ⇒ 春分 ⇒ 清明 ⇒ 穀雨
唐代に入ると、啓の字を避ける必要がなくなったことから 「 啓蟄 」 に戻された。
それと同時に、順次も孟春正月中に変えられている。
しかし、使い慣れないせいもあって大衍暦で再び 「 驚蟄 」 に戻され現在に至る。
日本でも、中国と同様に 「 驚蟄 」 が歴代の具注暦に使われている。
後に日本でも大衍暦と宣明暦を採用したが、驚蟄は、日本では、仲春二月節とされた。
日本で 「 啓蟄 」 が名称として用いられたのは、貞享の改暦の時である。
従来の仲春二月節のまま、文字だけが改められた。
二十四節気の名称のうちで日本と中国で異なっているのはこれだけである。