「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

3月7日 【 新石垣空港開港 】

2013-03-07 06:54:26 | 沖縄



暴風雨で駐機場で待機する旅客機 ( 旧石垣空港 )















今日、新石垣空港が開港した。
既存の石垣空港は第二次世界大戦中に造られた海軍飛行場を基にしているが、
滑走路の長さは1,500mと短く、年々大型化する旅客機の発着に耐えられなくなった。
DHC-8やボーイング737-400/-700をはじめとした、小型の旅客機が暫定的に就航しているが、
滑走路の長さが不十分なため、旅客数、貨物、燃料の搭載量を制限している。
石垣発の東京/羽田、名古屋/中部、大阪/関西線は目的地までの燃料を搭載できないため、
直行便であっても燃料補給のために宮古や那覇を経由する運航を余儀なくされており、
那覇などで乗り換えた場合と比べても所要時間があまり変わらないという状態が現在でも続いている。

扱える旅客数・貨物数が少ないため、島の産業・観光に支障をきたすこと、長距離便が離着陸できず、
東京・大阪など大都市からの直行便が増便しにくいこと、
空港の周りの市街地化が進み、騒音で学校の運営などに影響が出るようになったことから、
島内の別の場所にボーイング737〜767-200・エアバスA300クラスの小・中型機も離着陸できる、
2,000m級の滑走路を有する新空港を建設しようとの声が高まった。

巨額の工費を必要とし島内の手付かずの場所を破壊することになる新空港の代わりに、
滑走路の延長で現空港を拡張するよう求める声もあったが、
現空港の周囲や滑走路の先には国指定遺跡や市街地があり、
立退き費用などを考えると滑走路の延長は困難という声もあったが、
なんとか開港にこぎつけた。

7月~10月の期間限定ではあるが、福岡ー石垣の直行便が出来たので、
石垣がより速く便利になった。



沖縄県北中城村   「 喜舎場公 ( きしゃばこう ) の墓 」

2013-03-07 00:04:16 | 沖縄の王墓、按司墓、拝所



喜舎場公の墓







喜舎場公の墓碑







喜舎場公の子孫と上代の墓













喜舎場トンネル










北中城中学校を過ぎ、喜舎場集落後背の丘に 「 喜舎場公の墓 」 がある。
ここは喜舎場集落発祥の地でもある。
喜舎場公の墓は、岩と一体化した重厚な墓で、
喜舎場公の子の墓は、岩の上には石積みセメント塗りで拝所ふうに仕立ててあり、
昭和12年に補修されたものである。

喜舎場公は13世紀半ばの人で、村を創り喜舎場の名をつけたという。
息子と娘は自分たちも新しく村を造りたいと思い、
無人島らしい小島が見えたので、喜舎場子と妹のマシラヨはその島に渡って住み、
子を産んで子孫が増え、津堅島になったと言われている。

別の伝えでは島へ渡ったものの、島はすでに大勢の人が住んでいた。
しかし先住者は二人を歓迎したので、農作を教え尊敬された。
二人が亡くなると中ヌ嶽に葬り崇信されたという。
その直系にあたる仲真次家は津堅島の根所 ( 草分け ) であり、
喜舎場村の根所は喜舎場公の直系の仲間家である。
津堅島から年4回喜舎場公の墓を参拝する。
字では旧暦9月18日に例祭を行なっている。



熊本県天草市  国道389号線 「 旧道トンネル 」

2013-03-07 00:02:34 | 探訪 ・ ドライブ



国道389号線の旧道トンネル ( 富岡側 )









富岡側から見たトンネル付近








天草・国道389号 ( 富岡側 )








下田温泉側から見たトンネル







トンネルの前に広がる海岸







天草・( 下田温泉側 )









天草西海岸を走る国道389号線のサンセットビーチ ( 富岡ー下田 )。
かつてその国道が通っていた旧道トンネルが下田温泉の入口にある。
ここはロケーションがいいので、海岸の方に目が行くが、
ふと、反対の山側に目をやるとそこにトンネルがあった。

車を停めてトンネルに向って行くと、
金辺トンネルや櫨ヶ峠トンネルのような
ゾッとする霊気が漂っていた。