■ 誰もが満足する事は難しい ■
異次元緩和による円安の進行で、食料品は確実に値上がりしています。牛丼が280円から380円に値上げされたのが象徴的ですが、ポテトチップの様に価格は変わらずとも、中身がどんどん減って行く「隠れ値上げ」も横行しています。
所得アップなど望めない多くの庶民は、実質所得が減るという苦しい状況に追い込まれています。一方で、専業主婦の子育て世帯では、1円でも安い食材を探してスーパーのチラシとニラメッコしている事でしょう。
そういった庶民にとって、TPPによって輸入豚肉や牛肉が安くなるならば、それは歓迎すべき事なのかも知れません。確かに「食の安全」の観点からは、輸入肉は心配かも知れませんが、既に家計的には「国産」を買えない多くの一般家庭にとっては、「国産=安全」とは無縁になっているのえす。
一方、ある程度の所得が有る世帯では、少々高くても「国産=安全」というのは食材購入において重要は選択事項になります。これらのプチリッチの世帯にとっては、TPPによって安い輸入肉が国産畜産農家の経営を圧迫して、国産肉の生産量が減れば、その価格が上昇するのでTPPによる関税撤廃はデメリットになります。
この様に、消費者の立場でも、所得が違えばTPPによるメリット、デメリットに違いが出て来ます。
■ 相反する消費者の利益と生産者の利益 ■
そもそもTPP問題は農業分野においては「生産者の利益保護」が最重要視されています。日本の農業は経営規模が小さく、高コスト体質なので、関税などで輸入量を制限しなければ、国内の農家の経営は破綻します。
例外なのは葉物などの生鮮野菜で、比較的消費地の近郊で生産され、輸送コストが掛からない事と、スーパーなどが客寄せ商品に使う為に価格が抑圧されている事で低価格が維持されています。さらに、鮮度が要求されるこれらの商品は輸入が難しい事も国内農家に有利に働いています。
一方、米などの穀物類は長時間の貯蔵が可能なので船便で大量に輸送する事で運送コストは低く押さえられます。その為、生産コストの差がダイレクトに反映され、内外価格差が広がります。さらに、飼料を輸入に頼る畜産では、コスト差はさらに広がります。
この様に、農業分野では関税撤廃で経営が破綻する農家が多いので、生産者の立場からすれば関税の撤廃は死活問題となります。
一方、消費者の立場からは、食の安全がある程度保障されるのならば、輸入食材の完全が下がる事は悪い事では有りません。
生産者は少しでも高く売りたいし、消費者は少しでも高く売りたい。生産者と消費者の立場は常に相反します。
■ 安全なら少々高くても良い ■
成熟した消費社会は「価格」の他に「品質」を要求する様になります。
「安全な食材」を求める動きはその端的な例ですが、これは「豊かさ」に支えられています。「ちょっと高くても安全な物が良いわ!!」という選択肢は、可処分所得のある程度高い家庭に許された贅沢なのです。
一方、昨今のマクドナルドの売り上げ低下に見られる様に、安いジャンクフードであっても「安全」は重要視されます。(そもそもマックを食べている時点で「安全」や「健康」などどうでも良い次元なのですが・・・)
この場合は、仮にジャンクフードでも、競合チェーンが沢山あるのだから、「同じ値段を払うならば、少しでも安全な物を食べたい」と言う消費者心理が強く働いています。
面白いのは、ハンバーガーに1000円を払う人も、150円を払う人も、消費者としての権利意識は同じ程度に高いと言う事です。
■ 「キレイ」が「安全」とは限らない ■
http://www.jcpa.or.jp/qa/a6_06.html より
上のグラフは「単位面積当たりの農薬の使用量」の国際比較です。日本はアメリカの7倍の農薬を使用している事が分かります。ヨーロッパ諸国に比べても日本と韓国の農薬使用量は突出しています。
これは、虫食いの有る野菜は消費者が買わないので商品価値が無いという日韓の国民性が影響しています。
日本向けの中国産の野菜の残留農薬が一時問題になりましが、中国人は本来虫食い野菜なんて気にしません。ただ、日本向けの農産物を日本の商社が買い取る基準に「虫食いが無い」事が含まれるので、農薬を大量に使用しているのです。
農薬は使用方法によって毒性は変わって来ます。収穫期前に減農薬する事で残留値を大きく減らす事は可能なので、農薬使用量が安全性に反比例する訳では有りませんが、それでも農薬の大量使用はあまり歓迎すべき事では有りません。
■ 「肉工場」 ■
最近スーパーで安く販売されている鶏肉はブラジル産やタイ産がほとんど。
http://jstyle623.blog129.fc2.com/blog-entry-245.html からお借りしました。
「ブラジル産の鶏肉は危険」という話題をネットでは良く見かけますが、上の写真はネットで拝借したブラジルの養鶏場の写真です。
こちらは日本の一般的な食肉用のニワトリに鶏舎です。・・・大差無い様な・・。エサが違うと主張する人も居ますが、エサのトウモロコシを始めとする穀物は、ブラジルから輸入しています。
肉は5倍の重量の穀物で生産されるので、飼料を自国で生産できるブラジルの鶏肉が安いのは当たり前だと言えます。穀物や飼料とて輸出するより、より付加価値の高い鶏肉で輸出した方が儲かります。これは産油国が原油輸出から、石油製品輸出に切り替えている事と同様です。
タイ産の鶏肉も増えています。実はタイでは以前は劣悪な環境でニワトリを飼育する為に大量の抗菌剤や消毒剤を使用していました。しかし、タイから輸入された鶏肉から、EUで使用が禁止されている抗菌剤ニトロフランが検出されたことから、EUは厳しい輸入規制や厳格な輸入検査を実施され、さらに2004年には鳥インフルエンザ(HPAI)が発生した事から、タイの養鶏産業は閉鎖式の鶏舎を導入し始めます。さらに、より安全性を確保するため、OIE(国際獣疫事務局)の基準に基づくDLDの指導に従い、コンパートメントシステムを導入しています。
これは、もう「ニワトリの近代工場」と言って良いシステムで、ニワトリは外界と遮断されるだけでは無く、日照も遮られて成長します。鳥は暗い所では活動を低下させるので、代謝が下がり、食べたエサが効率的に肉になるのです。
日本でも昨今、この様な「工業化」された鶏舎の導入をする業者がチラホラと有る様ですが、世界を相手に鶏肉を輸出するタイが先行しています。
閉鎖式鶏舎では、殺菌剤や消毒剤の使用量が抑えられるので、タイ産の鶏肉は国産よりお安全と言えるかも知れません。(ただ、運動を制限されたニワトリが美味しいかどうかは別問題ですが・・・)
世界規模で食肉を輸出する為には、EUの厳しい基準を満たす必要があるので、自ずと安全管理が徹底されるのです。これは中国にも当てはまりますし、メキシコの養豚などにも当てはまります。(ただ、糞尿の処理がズサンな様ですが・・・これは環境問題)
■ 安いアメリカ産豚肉 ■
昨日、この記事を書く為に、近くの西友でアメリカ産の豚肉のトンカツ用ロース肉を買ってみました。2切れで210円・・・・。安すぎます。
きっと硬くて食べられたもんじゃないだろう・・・そう思ってトンカツを揚げたら・・・普通に美味しい・・・。
実はアメリカ産の豚ロースや豚バラ肉は、ダンピングされていて安過ぎるのです。その原因は「差額関税」という特殊な関税。
輸入豚肉には1キログラム当たり546円の基準輸入価格が決められています。輸入価格が基準価格を上回れば4.3%の従価税で済みますが、基準価格を下回ればその差額を関税として徴収されます。
実は安い輸入豚肉で需要が多いのはハムやソーセージの材料になるモモやカタと言った安い部位です。これらは国内で販売しても売価が安いので、基準価格以上の価格で輸入してもあまり儲けは出ません。要は、「差額関税」は国内生産者保護の役割をきっちりと果たしています。
そこで輸入業者は安い豚肉にロースなどの高い豚肉を混ぜて輸入します。コンビネーション輸入と言われる合法的な行為です。高い部位のロースなどは輸入肉の需要が低いので、スーパーなどで安くダンピングして販売されます。ですから、西友でトンカツ用ロース2枚が210円などという価格で販売されるのです。
これ、ロース肉だけを輸入してきたらとてもこの価格では販売出来ません。「差額関税」が有るから、コンビネーション輸入で高級部位の肉が安くなってしまうのです。
TPP交渉では、この差額関税が撤廃される予定です。
1) 1キログラム当たり546円の基準輸入価格と最大482円の差額関税の撤廃
2) 1キログラム当たり50円の関税に10年掛けて段階的に引き下げる
3) 輸入が急増した場合、最大482円の関税に一時的に戻す(セーフガード)
4) 将来的にはセーフガードが発動しても100円程度の関税にする事で交渉中
段階的とは言え、最大482円の関税が50円に引き下げられるのですから、スーパーを中心に輸入豚肉の需要は急拡大し、一方、国内の畜産農家は淘汰されるので、国産豚肉はますます高級品になるでしょう。
これは、牛肉輸入の自由化で国内の食肉用の牛肉生産農家が高級化した事に似ています。
貧乏人は安い輸入肉。金持ちは高い国産肉。二極化はこんな所でも進行して行きます。
そして、世界を相手にビジネスを展開する海外の食肉生産者は、当然、「安くて安全な肉」の生産を要求され、それを満たして行く事になります。
TPPは農業や畜産の分野でも、強引にグローバル・スタンダードを迫っているのです。それに対して農協を始めとする日本の農業政策は、未だに零細農家の保護を目的としています。日本の農業はこのままでは衰退する事は必至・・・・。
ただ、日本の農業は自給自足で老人達の健康と生活を守るという社会保障の一旦を担っています。高率優先を捨てた先に、「福祉としての農業」という新たな視点が開けるかも知れません。私はこの分野に期待しています。