人力でGO

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個人は国家に逆らえない・・・映画『イミテーション・ゲーム』

2015-04-27 11:40:00 | 映画
 


映画『イミテーション・ゲーム』より

■ これは観るしか無い!! ■

先週の金曜日、仕事と飲み会の間が中途半端に開いてしまいました。新宿で映画でも見ようと検索すると武蔵野館で『イミテーション・ゲーム』という作品がピッタリの時間。

武蔵野館なら面白い映画かも知れないと足を運びますが、「アカデミー賞8部門ノミネート」の文字がポスターに・・・。こりゃダメだ・・・そう思った時、「エニグマと天才数学者の秘密」というキャッチコピーが目に留まりした。

あれ、あれ、これってアラン・チューリングの話しではないですか。これは観るしかありません。

■ コンピューターの原型を作った天才数学者 ■

チューリングの名を知っているのはコンピューターの歴史に詳しい方でしょう。現在のコンピューターは「ノイマン型コンピューター」と呼ばれています。彼は実際に稼働可能なコンピューターの原型を作った事で後世に名を残し、現代ではコンピューターの父と呼ばれています。

一方、チューリングはより数学的概念の仮想機械としての「コンピューター」の論文を発表した事で注目を集めます。自動計算機のアルゴリズムを簡単な概念的機械で実現する「チューリングマシン」の論文は、コンピューターの最初のイメージであったとも言えます。その後のノイマン型の研究は「いかにチューリングマシンを実際の機械で実現するか」という挑戦だったのです。

■ 第二次世界大戦中、ナチスの解読不能の暗号『エニグマ』に挑んだ天才 ■

第二次世界大戦中、チューリングは海軍でナチスドイツの解読不能と言われた暗号『エニグマ』の解読に挑みます。『エニグマ』は自動暗号生成装置で毎日コードが変わってしまうため、連合軍はこれを解読する事が出来ませんでした。

暗号の組み合わせは天文学的数字になり100人がかりで解読しても20万年掛る・・そう映画の中では説明されています。

言語学者、数学化、チェスのチャンピオンなどがこの難問に挑みますが、チューリングは機械によってこの暗号を解読する方法を選択します。これこそが現代のコンピューターの原型であったとも言えます。無数の文字の配列の中から規則性を見つけ出し、暗号の中から文字のコードを見つけ出す事は現代のコンピューター技術を使えば容易い事です。ただ、当時はコンピューターは存在せず、暗号解読のアルゴリズムを実行する機械を1から開発する必要があったのです。


wikipediaより

上の写真はチューリングがエニグマ解読の為に作り上げた「bombe」のレプリカです。実際にはこのマシンをしても「エニグマ」は短時間には解読出来ず、思案にくれたチューリングが特定の配列を解読から除く事で、解読時間を短縮する事に成功します。

■ 秘密にされた「エニグマ解読成功」 ■

イギリス海軍がチューリングの研究によってエニグマを解読していた事は長い間極秘にされていました。20年経って、当時の公文書が公開された事で、この事実が明らかになります。

チューリングらは終戦の2年前にエニグマを解読していましたが、この事がドイツに知れればエニグマの構造を変えられ、再び暗号解読は不可能になってしまいます。そこでチューリングや海軍(MI6)は、解読した暗号の中から連合軍の勝利に貢献する可能性の高い作戦を抽出し、そして暗号解読以外の方法でその作戦を察知したとの偽情報を流します。

エニグマの解読はUボートによる海上輸送への攻撃を減らす事で連合国に大きく貢献します。ドイツは度重なるUボート作戦の失敗をイギリス軍のレーダー性能の向上が原因と考えていおた様ですが、エニグマが破れらていた事も薄々気づいていた様です。ドイツ軍の暗号電文に「イギリス軍に確認したか?」などのジョークが含まれるようになったと言われています。

そうして2年の間、イギリス海軍や政府は「国民の命の取捨選択」を繰り返す事で、暗号を解読し続け、ついにドイツ軍に勝利したのです。

■ 国家の前に国民の生命は統計のパラメーターに等しい ■

『イミテーション・ゲーム』はエニグマ解読に情熱を燃やした人達と、一人の悲運な天才数学者のヒューマンドラマとして、とても良く出来た映画です。派手な爆発シーンなんて無くても、映画はこんなにもスリリングなものなのかと再認識させられる傑作です。

その意味で、この映画がアカデミー賞を取る事の意味は極めて大きい。私も多いに期待しています。

一方、この映画の伝える本当の怖さとは「国家と個人」の関係性です。イギリス政府は「エニグマ解読」の「極秘」を守る為に、救える命を見殺しにする事も有りました。国家のとっては国民の命も統計上のパラメーターとして扱われる時が有るのです。

そして、エニグマ解読の功労者達も、任務の後はその偉業を発表する事も許されず、多分、一生国家の監視下で生活したと思われます。当時、ソ連との対立が激化していたので、優秀な人材にソ連のスパイが接触する事は十分に考えられる事でした。彼らがエニグマについて口外した時は、死罪になります。

国民は往々にして「国家が国民を守っている」と錯覚していますが、国家が守っているのは「国家というシステム」であって「国民」では無いのかも知れません。平常時には隠れていうこの原則は、戦争の様な非常時に躊躇無く行使されます。

「兵役拒否による投獄」などが良い例で、国民の権利などは国家の前には無いに等しいのです。この絶対の事実こそが、現代の国家を国家たらしめているとも言えます。


近代国民国家とは徴税権と警察権において国民を支配する存在なのです。ただ、システムとしてそれは上手く機能しており、他の統治や非統治の手法に勝っているので、国家は現在も地球上の存在し続けています。




私などは妄想が膨らんでしまう内容の映画ですが、ゴールデンウィーク中もいくつかの映画館でロングランしていると思います。素晴らし作品ですので、ご興味の有る方は劇場へGO!!




<追記>

チューリングの名は、人口知能と人間の違いを見分ける『チューリング・テスト』で広く知られています。

いくつかの簡単な質問をAIと人間にした場合、その返答に不自然さがあればAIだと判断されるテスト方法です。

現代のAIは自律思考する訳では無く、頂戴なデータベースと応答のアルゴリズムによって擬似的な人格を作り出す事しか出来ません。

ただ、今後研究が進む中で、自律思考する進化したAIが生まれる可能性は低くありません。そして、その様な「自我を持つ機械」が開発された時、私達は人間以外の自我に初めて対峙する事となるのです。

『パラサイトイヴ』でベストセラー作家となった瀬名秀明『デカルトの密室』は、チューリングテストの様子を具体的に描く意欲作です。

世界最高峰のSF、いや推理小説と呼ぶに相応しい・・・瀬名秀明「デカルトの密室」(2012.07.12 人力でGO)



読みやすい本では有りませんが、現代SFの最高水準に有る一冊としてお勧めです。ゴールデンウィークの時間潰しに如何でしょうか?