なんだかわからないまま話は進み、最後まで来たのに、やはりよくわからないまま終わる。なのに、なんだか面白い。久しぶりに普通のはずなのに不思議な小説を読んだ気がする。まるで傾向の違う作品なのに2篇とも同じような冷たさと暖かさがある。
「君の六月は凍った。」というひと言から始まる。30年前の記憶をたどる。そこには同い年の女の子がいた。彼女はみんなから鼻つまみにされているが、彼は気になる。そんなふたりの交流が淡々と描かれる。それだけ。よくわからないまま終わる。この30年何があったか。今、彼女の名前を知り、思い出すことに何の意味があるか。曖昧なまま終わる。
彼、と書いたが実は性別は不明。彼女と書いたが必ずしも女性だと断言できない。「君の六月は凍った」というのは彼女が凍死したということだろうが、そこも曖昧。その知らせが書かれてあったのは新聞か何かなのだろうけど、それも書かれてないからよくわからない。ふたりの記憶の中の交流の意味するものも曖昧。彼女の30年の日々なんてまるでわからないまま。「もしかしたら30年前に死んでいた、かも)結局は幼いころの記憶がよみがえっただけ。
さらには後半のもう1編。『ベイビー・イッツ・お東京さま』(なんちゅうタイトルか!)がまた凄い。警備員をしている28歳の女性が主人公。最低辺の暮らしをしている。そんな彼女の日々をスケッチしていく。そこには特別なことは特にはないけど、そのなんでもない彼女の日常が刺激的。こんな世界が確かにあるのだ。僕の知らない世界が描かれるからだろう。興味深い。
彼女はオタクの小説家志望だった女。今の暮らしは酷いけど、嫌ではない。このままでもいいと思う。だが、やはり将来には不安はある。ラストの天国と地獄もさらりと流す。描かれるのはどこにでも充分あり得る世界。暖かく見守るのに、突き離した感じがするのがいい。