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映画・演劇のレビュー

水見洋平『夏色のスクリーン』

2012-07-18 22:10:36 | その他
 このあまりの感傷に、ついていける人はほとんどいない。自伝的小説といっても、ここまで自分に(自分の世界に)作者自身が酔ってしまってはいけない。これでは読者が退いてしまうこと必至だ。僕はこの人と全く同年代だからこの人の考えていることや、感じたこと、時代の気分は十分にわかる。だから共感できるけど、それにしても甘すぎるし、小説としての批評性はここにはない。素人のマスターベーション小説としか、いいようがないお粗末なものだ。自分に酔うと、周りが見えなくなる。その典型である。本人は心地よいし、自分なりに抑えているつもりなのかもしれないが、感傷に耽っているだけにしかみえない。

 田舎から東京に出てきて、あじけない日々を送る。ふるさとに残した友だちへの想い、夢破れて東京で、小学校の教員として漫然として過ごす日々。1970年代を舞台にして、自分が何者かになれると一瞬信じた時代。「スター誕生」のオーディションに合格し、プロにスカウトされ、歌手デビューするが、全く泣かず飛ばずの2年間を過ごして、引退する、という一見華やかなストーリーは、実はどうでもよいのだ。人は若い日、誰もが夢を見る。これはそんな時間のお話であり、夢と現実の落差なんて、最初から知っていて、それでも夢を見てしまう人の弱さと、当たり前の人の営みを描いている。もし、僕が小説を書いたならきっとこんなものを書いて、ひとりで悦に入っていただろうと思うと、なんだか恥ずかしい。

 決して悪い小説だとは思わないし、20代の頃、誰もがこんな小説を書く。そして、ボツにする。偶然これは出版されたけ、本当は自分の部屋の押入れの中で、埃をかぶったまま、棄てきれずに置かれるタイプの原稿であろう。実は僕の部屋にも、これと同じような小説の束が今もある。




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