習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『イカとクジラ』

2006-12-09 00:40:25 | 映画
 なんとも不思議な気分にさせてくれる家族劇。ウエス・アンダーソン門下の新鋭ノア・バームバックのデビュー作。

 1986年。ブルックリンを舞台に、作家夫婦の離婚から始まる兄と弟の受難劇。父を尊敬する16歳の兄とアルコール依存症になる12歳の弟。売れっ子作家の母と、かっての有名作家の父。4人の織り成す物語はとても刺激的だ。

 何がこんなに面白いのか、よくわからない。自分の考えをしっかり持ち、それを押し付けてしまう父に対して、兄は自分の目で父を見つめ、彼の価値観が信頼に値するものと判断して受け入れる。だだ鵜呑みにするのではない。彼らが自分をしっかり持ち生きてるのが、いい。なのに上手くいかないことばかりだ。

 どこをどう誤ってしまったのか。それはあまりに複雑すぎてよく分からない。壊れた家族の修復は艱難を極める。4年間も父は母の浮気を我慢し続けてきた。その結果離婚に至る。子どもたちは突然の出来事になす術もない。だが、なんかおかしくないか?父は何を耐えてきたのか。なぜ妻に何も言えなかったのか。そこが、問題なのに彼は気付かない。

 弟はテニスプロを目指している。だが、両親の離婚の痛手から、苛立ちを抑えきれない。ストレスをどんどん溜めていく。学校でオナニーをしてその精液を様々なところに擦り付ける。

 兄はガールフレンドに対して、上手く接しきれない。彼女が積極的になりすぎることで、腰が引けてしまう。「おまえはやりたいだけだろ」なんて言い彼女を傷つけてしまう。父の影響を受け、背伸びして、自分のスタンスを見つけようとしている。

 母は次々にいろんな男と付き合う。別に彼らに何ら期待をかけるでもない。淫乱な女でもない。付き合いながらも距離を感じてるから、すぐに別れることになる。彼女の中には満たされないものがいつもある。

 そして、父である。自分への絶対的な自信、人をバカにしたような態度。しかし、自分ではそんなつもりはない。彼なりの誠意を持っている。ジェフ・ダニエルズが演じるこの父親がとても魅力的だ。自分の才能に対する絶対の自信、しかし、それが発揮されない毎日への苛立ち、半分は諦めてしまってる。

 ままならない人生。うまく生きれない4人。不完全な彼らの姿が完璧に描かれた傑作である。何が起こるでもないのに、一瞬たりともスクリーンから目が離せない。彼らの一挙手一投足に、目が釘付けになる。タイトルの意味はラストで語られる。博物館のシーンですとん、と終わる。うまい映画だ。1時間21分。この短さも凄い。この尺で語り切れるのだ。

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