タイトルの猛獣は別荘地に現れて男女ふたりを殺した熊のことではない。殺された不倫カップルのことだろう。さらにはこのお話の主人公である管理会社のふたりの男女が関わる6組の夫婦かもしれない。死んだふたりは「姦通」していた、という表現をした手紙が管理人のもとに届く。差出人はわからない。
この別荘地で暮らす彼らの日常を丹念に描く。表面的にはもう何も起きない。冒頭のところでふたりを殺した熊も殺されている。事件は解決済みである。だからこれは事件を描く小説ではない。事件の後、ここで暮らす人たちの心のざわめきを描くのだ。
管理人の男と新しくここに派遣されてきた管理会社の女性。このふたりを起点にして彼らの周囲にいるここの住人たちの物語。6組の夫婦のそれぞれの内面が語られる。一緒にいるけど、心は離れている。だけど離婚はしない。それだけの気力はもうない。お互いのことを諦めている。
管理人のふたりの視点から描かれるパートと6組の夫婦を描くパートが交互に語られる。全部で13章からなる長編小説だ。最後まで表に見えるところでは事件は起きないけど、こんなにもザラザラして、ザワザワする。管理人のふたりが見たものは何だったのか。彼らの感じたこと、これはそれが描かれる傑作である。