今年のHPFのラインナップを見た時、最初に目についたのは信愛女学院の『スパイクレコード』と北かわち皐が丘の『しまうまの毛』だ。この2本だけは何があっても見たい、と思った。理由は明白だ。樋口ミユの作品を信愛が初めて取り上げるという無謀な冒険に参加しないで、今年のHPFの何を見るか、ということであろう。このHPF史上最高最大のチャレンジをなんとしても目撃したいと切に願った。
それだけに、劇場に行った時の衝撃は大きい。演目変更だなんて、想像もしなかった。青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。でも、起きてしまったことは仕方ない。素直にあきらめて、『おもちゃ箱革命』を見よう。だいたい彼女たちの無念こそ、僕の想いよりも大きいはずなのだから。
信愛の卒業生で、HPFのOGでもある樋口さんの作品を後輩たちが取り上げて、どう料理するのか。ドキドキしながら、見守った。難しい作品であることは最初からわかっていたはずだ。少ないキャストであの作品をそのまま上演するのは至難の業だし、彼女の世界観を高校生がどう捉えて、どんなふうに表現したか。興味は尽きない。そんなふうに結果的に作られなかった作品を妄想しても詮無いことなのだが、この『おもちゃ箱革命』を見ながら、この子たちが『スパイクレコード』にどう挑戦しようとしたのか、とそんなことばかりを考えていた。でも、この勇敢な少女たちの健闘を想像するのは楽しい。
『おもちゃ箱革命』は5年前の上演された作品の再演なのだが、それ以前にも上演していたのではないか。これは信愛の十八番で、彼女たちはこの不思議な芝居が大好きで、それは確かに樋口さんや池田さんが信愛演劇部で目指していたこととも重なる。(かもしれない)まだ、未熟で、拙いものしか、持てないけど、でも、全力で自分たちと向き合う様は、すがすがしい。大人目線になったり、大人の指導で自分たちを持たない芝居をするのではなく、確かな自己をそこに表現する。それが信愛演劇の魅力で、この作品はそれを実現するから、何度でも上演したくなるのだろう。オチの弱さもこの場合は悪くはない。
幼なじみの3人組の夏休み。そこにひとりの少女がやってくる。ずっと一緒だったじゃない、という。確かにそんな気はする。でも、そうじゃない。単純なお話で、謎は簡単に解明する。しかし、ほんの少し居心地の悪さが残る。そこがこの作品の魅力だろう。短時間でよく作った。
北かわち皐が丘を見るのも、怖かった。こちらも上演不可能だったなら、どうしようか、と(別の意味での)ドキドキをしながら劇場に行った。大丈夫だった。確かに上演されるようだ。しかし、上演時間を見て、愕然とした。40分? どういうことだ!
100分の作品を半分以下にして上演できるのか。そんなことをして何の意味があるのか。ダイジェストなんか、見たくないし、そんなものには何の意味もない。もう帰りたい、と思った。今年のHPFの最大の興味関心がこうして砕け散ったのであった。劇場に入ると、ちゃんとサリngさんが来ていた。彼女の眼にはこの作品はどう映ったのだろうか。今度お会いした時にはぜひ、聞こう。
実にうまい、と思った。この集団の芝居を見るのは初めてだが、よく作品の肝を捉えてあり大胆な脚色も適切だ、と思った。この手があったのか、と思わされた。それなら、信愛だって、この方法で『スパイクレコード』を上演したらよかったのに、と今更ながら、思う。だが、そういう器用なことができないのが、今の信愛のメンバーで、そこが彼女たちのよさなのだろうと思う。
さて、北かわち皐が丘である。確かにこれはズルイ。お話の枝葉ではなく、お話自体も解体してしまう勢いだ。だが、ダイジェストにはしない。もともと、サリng作品はわかりにくい。だから、わかろうとするのではなく、感じるだけでいい。そういう割り切り方がちゃんと出来るなんて凄い。登場人物も絞るだけでなく、エピソードもそうするしかない。ただこの閉塞感だけは外さない。
高校の女子寮の屋上。誰も寄り付かないはずの場所。そこに集う女の子たち。疎外され、息切れして、ここにやってくる。でも、そんなことおくびにも出さない。彼女たちの孤独をしっかり、描けばいい。主人公の少女の違和感。それをリストカット(しまうまの縞)に収斂させる。お話を広げない。説明もしない。宙ぶらりんのままにしてもいい。中途半端はしない。そのためにも、40分という上演時間は適切なのだ。役者たちも上手いから、緊張感を持続させられる。感心した。
と、ここまで書いて、この原稿をアップするのを忘れていた。でも、それで意外な事実が判明。
今日たまたま塚本さんに応典院に会った時、この芝居の話になったのだが、『しまうまの毛』はもともと短編作品として書かれたもので、とおっしゃる。確かにそうだった、と気付く。うっかりしていた。ということは、この40分版はサリngさんが書いたものなのだろう。北かわち皐が丘が脚色したんじゃないんだ。たぶん。