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映画・演劇のレビュー

中山可穂『サイゴン・タンゴ・カフェ』

2008-05-06 20:23:31 | その他
 読み始めたときは、「こいつはちょっときついな」と思ったが、それでも少し我慢して読んでいるうちに、この痛みが快感に近いものになっていく。それって、この小説のテーマであるタンゴに似ているのかもしれない。情熱的なダンスであるタンゴはその想いを内に秘める。激しさよりも静けさが空間を包み込む。男と女が体をぴったりくっつけて、性的なものを想起させるそのダンスは、実は思いのほかストイックだ。

 中山可穂さんのこの小説はそんな男女の関係が描かれる。5つの作品はすべてタンゴを中心に据えてある。ブエノスアイレス、東京、そしてサイゴン。男から横領の罪をかぶせられ、すべてを棒に振ったのに、それでも悔いを感じず生きている女。父親に性的な暴行を受けたことがトラウマになる女たち。1匹の野良猫を巡る男たちの孤独な人生。夫の浮気相手とサイゴンまで旅する女。そして、タイトルロール、サイゴン・タンゴ・カフェにやって来た女と、彼女に過去を語る女主人。

 なんで?と思うことばかりが描かれる。しかし、読み終えたなら、そのひとつひとつに大きく頷くしかない。納得したのではない。そんなふうにして自分に決着をつけるしかないことが、この世の中にはあるのだろうと確かに思わせるのだ。

 人間の心は複雑だ。割り切れないことばかりだ。自分にすらわからない矛盾を抱え、それでも人は生きている。

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