この甘い小説を読みながら、(いつも中村航はこんなだ)それでも、この優しさに涙する自分は嫌ではない。それくらいの優しさっていいじゃないか、と思う。孤独に死ぬことを望んでいるように見える祖父。東京で傷つき、もう立ち直れないまま、帰郷した僕。
そんなふたりが、東京で再びオリンピックが開かれるというニュースを通して、立ち直っていくまでのドラマだ。1964年、東京オリンピック。その直前の頃、東京で暮らしていた祖父は、棒高跳びの選手として五輪を目指していた。もう50年以上前にお話だ。大学を出た後、フリーの選手として新聞配達をしながら、練習を重ねていた。近所の中学生に陸上を教えながら。
自分の知らなかった祖父の過去。昔々の約束をかなえるため、彼は祖父の思い出の残る場所へと赴く。嫌な思いしかない東京に再び行くのだ。そこで、祖父の教えた5人の中学生たち(もう70近い)と再会する。彼らとの叶えられなかった約束を果たすために。
こんなうまいくらいにことは運びません、と言われたらそれまでなのだが、こんな奇跡があってもいいじゃないか、と思う。もう一度生きようと思うきっかけは、どこかにある。この小説はそんなことを教えてくれる。いくつになっても、夢を忘れない。それでいいじゃないか、と思う。