習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『東京タワー オカンとボクと、時々オトン』

2007-03-30 08:38:49 | 映画
 こんなにも女々しい男の話を延々見せられて、泣いてしまうなんて、正直言って恥ずかしい。いい映画なんだから、なんて胸張って言うのも、ちょっと気が引ける。いくらいい映画だからって、大の大人が泣かんでもいいやろ、と思う。

 松岡錠司監督の久々の新作である。わざと泣かそうなんて一切していない。ただ、淡々とボクとオカンの日々を綴っていくだけである。きちんと時代を描いている。ことさらそれを強調したりするわけでもない。さらには、当然風俗の表層をなぞることもしない。ただ、彼らが見た風景を描いているのだ。手抜きはない。そこを譲ったりしない。そんな強い意志を感じる。懐かしい風景とかいうのでもない。彼らが生きた時代を彼らの目線で描く。そうすることで伝わってくるものがある。伝えたいものがあるのだ。

 映画が描こうとするのはそれだけだ。それに泣く。

 マザコンの話というのではない。だが、照れることなく、しっかり母への愛を描く。オカンと向き合いオカンと生きた自分から目を逸らさない。オカンの手を引き病院へ行くシーンが素晴らしい。母の手を引くなんてことをもう何十年もしたことがない。子どもの頃母に手を引かれて歩いた。何度も何度も。物心付いた頃からもう母と手を繋ぐなんてしない。僕たちもいつの日かそんなふうになるのだろうか。映画は線路の上を母に手を引かれ歩くシーンが象徴的に引用される。この2つの対比を見事に見せる。シンプルだから、心に届く。

 言わずと知れたリリーフランキーの自伝的な小説の映画化である。この小説は最初はこんなに売れてなかった。なのに口コミでどんどん伸びて国民的ベストセラーになってしまった。へんな感じだ。出た当時、これを読んだ時、意外にとてもおもしろかったが、きっとこういうのは静かに消えていくんだろうなぁ、と思ったのに。何がここまで日本人の琴線に触れたか。説明なら簡単だが、そんな説明に何の意味もない。『ノルウェイの森』が売れた時と同じような戸惑いがある。まぁ、僕の勝手な感想でしかないが。

 ドラマにもなり大ブームだが、松岡錠司には関係ない。ただ、この小説を忠実に再現しながら遥かにそれを超えてしまう作品にしてしまった。その事実だけでいい。彼は彼の素材で自分の映画を作るだけだ。2本のドラマが出来る遥か以前からこの作品に着手して、ようやく完成させ公開に漕ぎ着けた。映画が出来てほんとうによかった。そして、出来た映画が当然こんなに素晴らしくてよかった。

 オカンと共に生き、成長して、オカンのもとを離れ東京に行き、暮らし、大人になる。そして、再びオカンと暮らす。老いたオカンを東京に呼び2人で生活する。友達に囲まれオカンはその輪に自然に溶け込み彼らにとってもかけがえのない存在になっていく。ボクのオカンがみんなのオカンになる。みんなに慕われ必要とされ、オカンは幸せだったはずだ。こんな老後はなかなか送れない。ガンになり、苦しみながらも、ボクに見取られ、ときどきオトンが来てくれて、ボクの仲間にも見守られて死んでいく。それだけのことである。生きたこと。最期まで。それだけがこんなに心を動かす。たぶん、こんなに幸福な人生はない。2時間22分。胸の奥まで沁みてくる秀作。

 今更言うまでもないが樹木希林がすばらしい。彼女しかいない。そして、オダギリジョーのボク。この人はただそこにいるだけで映画を作ってしまう。芝居なんてしない。松岡錠司のすべての映画はすごいが、その中でも特別な映画のひとつとなった。

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