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映画・演劇のレビュー

清流劇場『ゼーダーマンと放火犯人』

2008-03-02 09:49:15 | 演劇
 幾分観念的で硬い芝居だ。エンタテインメントはしていない。マッチ箱を模した象徴的な舞台美術は、シンプルで美しい。箱の部分がアクティングエリアとなり、背後にはマッチの棒があしらわれる。その棒の本数は気付くと、変化していたりもする。けっこう手が込んでいる。

 ゼーダーマン氏(や乃えいじ)の屋敷を舞台に、そこにやって来た放火犯と思われる男(信平エステベス)とのやりとりが描かれる。追い払いたいのだが、上手く行かず、挙句は彼を屋根裏に泊めてしまうことになる。気付くといつのまにかもう一人(西田政彦)までやってきていて2人は部屋に潜伏する。彼らは部屋の中に、いくつものドラム缶を入れている。夜中に音を立てる。気になって眠れない。とてもあやしい。

 ゼーダーマンは明らかに彼らが連続放火犯だと思うのだが、証拠もない。だいたい追い出すことすら出来ない。その間にも、街では続々と放火事件が発生している。

 芝居は屋敷内の応接間を舞台に、ゼーダーマン夫妻とメイドの3人対居候となる2人の駆け引きが描かれる。話の語り手となるコーラスの3人がここに象徴される出来事を外側から一般化する。

 彼らを泊めるのは善意ではない。それどころか彼らに対しては嫌悪しかない。なのに、恐怖から追い出すことも出来ない。そして、彼らを手なずけることで、自分たちの家が放火される心配もない。だが、それって間接的に犯罪に加担していることにもなる。

 ゼーダーマンに象徴される一般大衆の意識、それを逆手にとって悪意を撒き散らす男たち。この2時間に及ぶ心理劇は観客に極度の緊張を強いる。見終わったらクタクタになってしまった。

 この作品は、田中さんがドイツ留学中に見たすべての芝居の中で一番面白いと思った作品らしい。彼がこういう心理劇に興味を持っているのはよくわかった。しかも、これがよく出来た作品であることも伝わってきた。しかし、これを見ても、ここからは「今という持代」が見えてこないのが残念だ。なぜ今、この芝居を上演するべきなのかが、わからない。よく出来た戯曲であるだけでは動機が弱い。

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