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映画・演劇のレビュー

france-pan『スペアー』

2006-11-04 23:00:24 | 演劇
 いつも、とても趣味のよいフライヤーを作っており前々から興味を持っていた劇団である。今回ようやく初めて見た。惜しいことをした。もっともっと早く見ておくべきだった。1人暮らしの男の孤独を感情を排した渇いたタッチで見せていく。秀作である。

 芝居の前に少し別の事を書く。この芝居が終わった後、劇場入り口でインディペンデントシアターの笠原さんから「見てくださいよ」と渡されたプロモーションDVDはほんとうによく出来ていた。それぞれの劇団の特色を十二分にプロモートする。予告篇と紹介が単なる宣伝ではなく、まるで1本の作品のように提示されてあるのがよい。こういうものが見たかったと思わせる逸品である。

 さて、本題。ここでプロモートされているロングラン企画の第1弾であるこのfrance_pan『スペアー』は、彼らの作品としては異色のものかもしれない。(DVDを見ると普通の会話劇やドタバタに近いものもあるようだ)今回、サカイヒロトの美術とのコラボレーションで、とてもシンプルで美しい空間を作り上げた。実験的な演劇というよりも、アート作品に近い感触である。

 人との関わりに対して、とてもクールで、かといって自閉しているわけでもない1人の男。彼が主人公。彼の部屋には2人の男女が住み着いている。彼らはなんとなくここに来て、なんとなくそのまま居ついてしまったようだ。男はこの2人が帰らず住み続けることに何の疑問も、喜びも感じない。居たければいつまでも勝手に居ればいいというスタンスだ。2人が居ようが居まいが、彼は自分のペースで自分の生活を続けるだけである。この男の現実との距離の取り方がいい。彼は全く感情を表に表わさない。それが彼にとって自然なことなのである。そうして生きてきたし、これからもそれを変えることはない。

 ボウリングはプロ級の腕でいつも300点をとる。それっていつもストライクしかとらないということだ。しかし、そんな完璧さは、実は彼自身を苦しめていたのかもしれない。タイトルの『スペアー』は彼の人生の対極にあるものである。(ストライクの対極にあるのがガーターではなく、限りなくストライクに近いスペアーであることはこの芝居にとって重要だ)そんな不完全に対し、感情が揺れる。彼がほんの少し心を動かすシーンがある。女がスペアーをとる場面だ。あのボウリング場の場面は印象的だ。投げ続ける2人の運動を繰り返し繰り返し見せていく。激しい場面のはずがその繰り返しゆえに単調なものに見えてくる。その行為に何を象徴させるわけでもない。しかし、心が揺れる。

 芝居は、女がマイクのようなものを持って話をするシーンから始まる。この家の住人はひたすらTVゲームに熱中してて、彼女がそこにいようが、何を話しようが気にもとめない。この時点で芝居の方向性は確定する。鮮やかな幕開けだ。第三者としてこの空間をレポートする女とその存在を完全に無視して自分の世界に入り込む男。その図式は強烈な印象を与える。そこに、もう1人の男が帰って来る。2人はこの家に住みながらも、なんで彼が自分たちを受け入れたのかよくわからない。

 サカイヒロトによる美術は鉄パイプを使って客席も含めて空間全体を囲み込むように作られている。客席の頭上を役者が走り回ったりもする。劇場全体をコーディネイトした作品作りはとても挑発的で、アクティングエリアと客席が接触している中で、役者たちは最前列の客の正に目の前に立ち話すシーンもある。完全に客と目が合ってるし、数センチのところに指がある。狭い空間なので、客席はコの字型で最大3列しか用意されない。しかし、このマンションの1室として設定された男の部屋はがらんとした広くて寒々とした空間として観客に伝わってくる。テレビモニター、スクリーンを使った映像もこの空間の広がりと同時に閉鎖性を示す。全て面において、相反するものが同居する芝居なのである。

 芝居は後半観念的になりすぎるし、ラストで2人なんて居なかった、というのはあまりによくあるパターンだ。1人の部屋で見た幻影、というやつだ。しかし、そんなオチを衝撃的に見せようという訳ではない。さりげなく提示するだけである。驚かせようなんて気はさらさらない。(まぁ驚かないけど)どちらでもいいことではないか、といわんばかりのさりげなさだ。

 芝居の中心にいる彼は、今この芝居を見ているあなた自身かもしれない。客席に座っているあなたの周囲にあるものが、彼の見ている空虚な風景とオーバーラップしていく。

 久々に刺激的な舞台を見たという満足感がある。挑発的な空間とドラマが融合する濃密な75分間だった。
 

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