習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

森見登見彦『太陽の塔』

2007-05-10 21:16:21 | その他
 正直言うとかなり期待外れだ。『夜は短し歩けよ乙女』を先に読んでしまっているので、このデビュー作には、なんの驚きもない。それどころか、この小説はただの習作の域を出ない。これを、先に読んでいたなら、失望したはずだ。『夜は短し』の後なので彼のタッチが、この作品に偏在しているので、少しは楽しめたが、これから先に読んでいたらきっとその幼いタッチに閉口したかもしれない。

 『きつねのはなし』も『夜は短し』には全く及ばなかった。同じスタイルだが、幻想世界を作り上げるうえでの強度に差がありすぎる。さすがに『きつねのはなし』では幾分上手くはなっているが、それでも上手くなった分だけ、当たり前の小説になってしまっている。彼の破天荒の魅力は、どこまでが、本気でどこからが冗談なのかが、全く判らないところにある。ふざけているわけではないのだが、ふざけた話が、どこまでも肥大化していく。彼の脳内妄想世界をぐるぐる回らされることが、快感にならないことには、楽しめない。妄想が現実と隣り合わせになっているところに、興奮させられるのだ。残念ながら、このデビュー作は、到底そこまで行かない。

 主人公と彼を勝手にライバル視するストーカー男、遠藤とのバトルもけっこう常識的なところで妥協点が見出されてしまうし、ラストのクリスマスのええじゃないか騒動も、あれくらいではそれほどの驚きは無い。

 それより、何より、太陽の塔と水尾さんとの関係が、きちんと描けていないので、これでは小説は終われない。彼女の夢の中に入り込み、叡山電車に乗って太陽の塔を見に行く、という夢でしかありえないような展開を描く部分に、もう少し深い意味が欲しい。この部分の描写が短いのも気になる。彼女がそこに行くのを、自分と遠藤がなぜか追いかけていく。ここに何の意味があったのか。お話自体の核心部分であるはずなのに、この部分が情感に流されるだけで終わるのはずるいとしか言いようが無い。

 彼女の側からのドラマが、何ひとつ描かれないのもつまらない。たとえ彼の妄想でもいいから、彼女の声が聞きたかった。だいたい彼がなぜ彼女と付き合えたのか?そして、なぜ振られたのか?敢えてそこは伏せるにしても、それを超えるようなドラマを用意しなくては小説としては成立しない。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 綿矢りさ『夢を与える』 | トップ | 『麦の穂をゆらす風』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。