習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『麦の穂をゆらす風』

2007-05-10 22:11:00 | 映画
 この悪夢の世界を、いかに伝えよう。一見叙情的なこのタイトル。その奥にある苦悩のドラマに圧倒される。もちろん今までも、イギリスのよるアイルランドへの圧制を描いたたくさんの映画はあった。エミール・クストリッツアによるユーゴの内紛を描いたいくつもの素晴らしい映画もあった。だが、こんなにもダイレクトに胸に迫り、こんなにも痛い映画はかってなかった。

 今までに作られた映画との比較には何の意味もない。また、この映画の兄と弟のどちらの立場に立つか、そのことにも何の意味もない。ただ、痛いのだ。こんなに簡単に人は殺される。守りたいものがある。しかし、守りきれない。そんな自分たちの無力を思う。

 映画を見ながら、人はなんて無力なんだらう、と思った。誰かが世界を変えてくれたなら、と思う。しかし、誰も変えることはできない。最大限の努力をする。しかし、及ばないことがある。だからといってあきらめたりはしないが。

 ケン・ローチの映画はいつも、「テーマがどうのこうの」なんてことを語らせない。事実が描かれ、それを受け止めるだけで、映画は終わる。いきなり銃を突きつけられて撃たれる。もちろん死んでしまう。その事実が映画の根底に描かれる。どう戦うかは、描かれる。イギリス兵の横暴も描かれる。抵抗するが、多勢に無勢だ。それを悲劇として描くのではない。この世界で、生きていくには何が必要なのか、を彼らが考えながらそれぞれの生き方を選択する。何が正しくて、何が間違っているなんて、客観的な判断はできない。

 1920年代、アイルランド。そこは決して過去の世界ではない。僕らが生きるこの世界に今も戦火は絶えない。平和な日本でこの映画を見て胸痛める。自分が偽善的だなんて思わないが、ただこの映画は痛かった。

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