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映画・演劇のレビュー

SとNの饗宴 スアシ倶楽部『果実』+ニュートラル『さよならココア』

2010-01-12 19:02:31 | 演劇
 2つの集団の2本の作品が連続上演されることでひとつの小さな世界を作り上げる。サガンの短編小説を朗読劇として構築した三好淑子さんによる『果実』はとても素敵な大人の短編だ。そして、その作品を包み込むようにして形作られる大沢秋生さんの『さよならココア』は切なくなるような中編だ。これはまるでエッセイのような芝居である。軽やかで愛おしい。これはやがてこの世界から消えていくことになる(かもしれない)小劇場演劇へのオマージュである。ストレートすぎていささかてれるけど、この素直さは嫌いではない。

 スアシ倶楽部『果実』はテーブルと2脚の椅子だけの狭い空間で演じられる。2人の女が向き合うでもなく、ただそこにいる。2人が朗読する小説世界を彼女たちを見つめながら夢想する。目の前の彼女たちの姿、しぐさ、行為は小説と連動しているところもあるし、そうじゃないところもある。2人が1人であることはすぐにわかる。でもそんなことはどうでもいい。魔瑠さんと向田倫子さんという2人の女優がそれぞれただそこに存在するだけで、この作品は成立する。彼女たちを通して小説の世界がイメージされる。実に豊かな空間がここに生じる。あまりに小さなその世界がただそれだけできちんと美しく完成された演劇空間を作り上げることに感動させられる。

 静かに閉じられたこの小品の後、空間は一気に広がる。ワールドワイドなこのシアターカフェNyan全体を思いっきり使ったニュートラルの『さよならココア』が始まる。と、言ってもこのカフェシアターは客席20ほどの小空間でしかない。芝居はカウンターに厨房、サイドの階段から2階部分まで、この建物のすべてを使い演じられる。この芝居のテーマはこのシアターカフェNyanそのものである。

 このカフェのドアを開けて(もちろん本物のドアである)上原比呂さんの演じる怪しい男がやってきて、ここを物色する。暗転して、大沢めぐみさんが深刻そうに話す電話のシーンとなる。その後、大沢秋生さんと大沢めぐみさんがカウンターを挟んで向かい合う本編に突入する。これはこの2人による会話劇である。2人は、厨房でスパゲッティーを作り美味しそうに食べる。そして、小劇場演劇について語り合う。

 ビルを改装してカフェシアターを作ろうとする女性が主人公。もともとあるカフェを使ってそれを劇場仕様に改装する。そこで小さな芝居を上演することを夢見る。劇場のオーナーとなり微力な劇団の手助けをしたいと願う。この世の中には、ほとんど人に知られることのないすてきなお芝居がたくさんある。そんな作品を作り続ける劇団の応援をしたいと思う。彼女は、そんなささやかだけど大きな夢を現実にする。だが、当然のことながら、なかなかうまくはいかない。夢は実現できても、それを維持するには多大な困難が伴う。

 さよならのための時間が描かれる。この憩いの場所が消えて行く前に、何ができるか。そしてほんのちょっとした奇跡が起きる。これはとてもやさしい作品だ。

 この2本の芝居が連動し、入れ子細工になって一体化した時、ここにひとつに奇跡の芝居が成立する。3ステージで観客はきっと100人にも満たないはずだ。でも、その数少ない観客はどこにもない至福の時間を共有したはずだ。

 

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