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映画・演劇のレビュー

沢木耕太郎『あなたがいる場所』

2011-06-24 22:07:37 | その他
なんと沢木さんの短編小説集である。これは沢木さんが書く初めての小説らしい。全体は9つの作品からなる。作者の意図通りのとても読みやすい作品になっている。大人でも子供でも、理解できる。それは簡単な話だから、ということではないのは当然だ。ここに描かれる気持ちは、誰もが心当たりのあることばかりで、だから、子供でも大人でもわかるというのである。

 各エピソードは長さにばらつきがあるのも沢木さんらしい。編集部の要請通りの枚数では収まらなかったのだろう。(連載ものなら、それは致命的なミスだろうが)ここに登場する幼い少年少女から老いた男女まで、さまざまな世代の人たちがそれぞれ心に闇を持ち、それときちんと向き合って生きている姿が、沢木さんの優しい視線から描かれていく。ほんのちょっとしたことから、大切な人の死まで、描かれる出来事の大小は関係ない。だいたい何が大きくて何が小さいかの客観的な基準なんかどこにもない。最愛の娘を事故で亡くすことも、ちょっと犬に噛まれたことも、バスの中で、前に座った女の人の髪の毛にドキドキすることも、彼らひとりひとりにとっては、同じように大切なことなのである。この1話1話を噛みしめるようにして、読む。そして、胸が暖かくなったり、悲しい気分になったりする。それぞれのエピソードを同じように受け止める。そして、ここには彼らの決断が描かれる。それぞれの局面で選択を迫られる。そのとき彼らが何をするのか。しっかり見てもらいたい。

 いずれも素敵な話だが、僕のベストワンは、一番さりげない話である『ピアノのある場所』だ。引っ越しする少女が最後に友だちのところに遊びに行く。お別れの前に一緒に遊ぼうと約束したからだ。なのに、友だちは約束を忘れて他の子と遊びに行っていた。友だちの両親は彼女に帰りを待つように言う。友だちの家で友だちの帰りを待つ気詰まりな時間。彼女はピアノを弾かせてもらう。本当は友だちと遊ぶことよりも、このピアノが弾きたかったのだ。少女は世の中の理不尽を呪う。  この小さな話はとても胸に痛い。もちろんこれだけが突出しているというわけではない。それどころか、いずれの作品もこれと同じくらいよかった。だから、これを一瞬で読み終えたのが、なんだかもったいない。もっとゆっくり味わいながら読むべきだった。


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