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映画・演劇のレビュー

新歌舞伎座 上川隆也『その男』

2009-05-09 22:10:32 | 演劇
 新歌舞伎座が閉館する。ここではあまり芝居を見なかったが(だって、ここは僕とは基本的に全く関係ない世界だ)それでも時々はおもしろそうなものも上演してくれる。結局2,3年に1度くらいの割合で行くことになる。でも今までで7,8回くらいしか行ってない。そんな新歌舞伎座である。だが、閉館とは関係なく今回はぜひ見たいと思っていた。

 池波正太郎の『その男』である。こんなものをこういう大劇場で舞台化して成立するのか?想像も出来なかった。だって話が地味すぎる。見せ場がない。時代劇とはいえ幕末から昭和までを描かなくてはならない。大丈夫か、と心配になる。いったいどんな風に作ったのかが気になった。

 だが、正直言って2幕まで見て、がっかりだった。これではただの出来損ないのダイジェストだ。しかも、暗転が多く細切れになってる。話はすべて段取りだけで中途半端だ。見ていてイライラしてくる。上手い役者たちを使いながら、まるで見せ場もない。六平直政とか、平幹二朗とか、可哀相なほどだ。ラサール石井の演出もテンポよくしようとして、物足りない。江戸と京都の行き来がまるで新幹線でも使ったように楽々で、なんか嘘くさい。

 激動の時代を生きながら、時代と関わることを、育ての親でもある先生(平幹二朗)から諌められて悶々と過ごす主人公、杉虎之助(上川隆也)。本当なら時代の荒波に揉まれこの国の未来を担うために命を投げ出したかった。だが、ただ世界を遠くから見守るだけ。剣の腕も一流だし、何でも出来るだけの知恵と勇気もある。自分もみんなのように戦いたいと思う。でも、それは出来ない。

 主人公がここまで何もしない話では、見せ場も作れない。傍観者としてそこにいるだけ。上川隆也は存在感のない役なのに、よく頑張っている。これが映画やTVならもう少し描きようがあるのだが、芝居ではしんどい。しかも、小劇場ではなく、大劇場である。変わりゆく時代の中で、誠実に生きるひとりの男の姿をどう描けば観客に届くのか。かなり難しい。

 ようやく3幕まで来て初めてこの芝居の意図が伝わる。すべてを受け入れて生き抜くこと。最愛の妻の死、先生の死を乗り越えて、時代の波に翻弄されることもなく、静かに生きること。明治から一気に昭和へ。床屋となり、市井に埋もれて生きる。そんな彼の姿を通してこの作品のテーマはしっかり伝わる。

 だが、どうしてもエンタテインメントとしてはこのお話では弱すぎる。4時間(休憩含)の大作だが、スケールは小さいし、話は細切れ、充分な見せ場もないようでは観客に満足を与えきれないだろう。企画は大胆なのだが、困難は想像以上だっただろう。残念だ。

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